★ Reports From Beijing... ★



今日は、島谷です。

世界女性会議関連レポート第10弾です。

8月31日の午後から9月1日の昼過ぎまでずっと雨降りで、ハイロウの町は、そこ
ら中で水浸しです。悲惨なのは、ほとんどのNGO Forumのワークショップが、野外の
仮設テントで行われているので、それらのテントの回りは、日本の田んぼのような状
態になっていました。そんな中で参加したワークショップのことを書きます。1日の
午後1時から会場の10-M28という中学校の教室の一室で、日本からチャレンジドの方
が主催するワークショップが開かれました。前日に電子メールで、ぜひ、行ってみて
ほしいという話もあったので、とにかく行ってみたのですが、行ってみてびっくり!
 主催者の中に、vcom.or.jpのあるボランティアルームの末廣ハウス
で、よく見かけるあさか(漢字を正確に思い出せないのですが)遊歩さんを見かけた
からです。『そうか、遊歩さんたちがやっているワークショップなんだぁ、、、』。
私が北京に発つ直前まで、遊歩さんの分のビザだけがずっと下りないという話しを聞
いていたので、現地に入れるかどうか、心配していたのですが、ちゃんとハイロウに
来られたことがこれでわかったので、よかったな。
さて、彼女達のワークショップは、『優生保護法』に関する問題を扱うものでした。
最初、『優生保護法』という言葉の意味が全くわからずに参加してしまったのですが
、ワークショップの中での説明でよくやくどんな法律なのかがわかりました。

『優生保護法』というのは、(私の言葉だと間違ってしまうかもしれないので、当日
もらってきた資料を紐解くと、、、以下のような内容です。
(以下、資料の抜粋をします。)
日本には、「不良な子孫の発生を防止する」ことを目的とした『優生保護法』という
法律はあります。「不良な子孫」とは、障害者のことです。そして、遺伝性の障害や
病気をもっているひとには、不妊手術をするなどして、障害者が生まれてこないよう
にさせる法律です。ここでいう障害者とは、精神病であるとか、顕著な遺伝性の病気
がたくさん挙げられていて、不良な子孫の発生を防止する、つまりは障害者は生まれ
てこない方がいいとか、障害者を差別するような法律なのです。
そして、優生とは、不良な子孫ではなく、優秀な子孫を生むことを指します。

その昔、日本には国民優性保護法というのがあって、マスコミの『優生保護』のキャ
ンペーンがものすごかったそうです。戦争のために健康な子供をたくさん産むことが
奨励され、障害のある人は子供が産めないようにするために、断種手術(←字が違っ
ていたら、ごめんなさい。)が必要とされていました。
また、優生家族、劣勢家族の発表などもあったそうです。
また、他の民族との結婚が、優生か劣勢か議論され、こうして国民優生保護法が生ま
れました。

この法律を読んだときに、あるチャレンジドの人は、
「国の政策や、生命管理のために、女性の体が使われているということがわかりまし
た。とても、おそろしいことだと思いました。」と語ってくれました。

戦後生まれた『優生保護法』は、この国民優生保護法を元に生まれ、特に精神病は本
人の同意無しに手術ができるのだそうです。

今なお、女性の妊娠中絶については、妊娠した女性達が産むか産まないかを女性自身
が決めることだとも言われています。が、もし、体内にいる子供に障害があることが
わかったときに、妊娠した女性自身が殺すかどうかという問に、多くの女性が、もし
障害のある子供が産まれたら、人生を無駄にしてしまうので、中絶を選ぶかもしれな
いと答えるそうです。

今、台湾や韓国、中国にも同じような法律は作られています。

ワークショップを主催した方の一人には、こう語ってくれる人がいました。
(会場の小さな教室には、車椅子の人も含め、80人以上の人で入り切れない状態に
なっています。)

「私は、それまで障害の無い人に追い付こうとして一生懸命背伸びしようとしてきま
した。例えば、人と一緒に歩けない自分の足が悪いから、自分がいけないんだと思っ
ていたのですが、ある日、自分よりも更に障害の重い友人から、『あなたは、自分の
存在が社会に迷惑をかけていると思っているけど、あなたのペースに合わせてくれな
い社会がおかしくて、あなたに迷惑をかけているんじゃない!?』と言われました。

                        それは、言葉には言えない、素敵な感覚でした!

そして、『優生保護法』がおかしいということもわかりました。こういう法律がなに
よりも恐ろしいのは、自分自身を価値の低いものとして、障害者の人自身が感じてし
まうことでした。また、この法律がある限り、どこでそういう手術がされるかわから
ないので、時に無力感に陥ってしまうことがあります。でも、今の私は、障害のあっ
てもなくても、明るく生きていける自信があります。誇りと尊厳を守るために、『優
生保護法』の撤廃を求めます。」と語ってくれました。

一人目の人の発言が終わると、寸劇が行われました。Internatinal Playback Theate
r Women's Companyと書かれたTシャツを来ている5、6人の人達が前に出てきます。
「今の方の話しを聞いて、みなさんはどんな言葉になるでしょうか。」との問に会場
の人が、「私のいるヨーロッパにも同じような話しがあります。もし、今日、同じ制
度があったら、私は産まれてこなかったでしょう。」とヨーロッパから来ている障害
者の人が答えました。Internatinal Playback Theaterの人達は、すぐに、この言葉
を寸劇を表現しました。英語や、日本語や、その他のいろいrな言葉で「やめてよー
」と言いながら、踊ります。モダンダンスというか、パントマイムのような感じで、
体いっぱいで、表現しました。

次のチャレンジドの女性は、このように述べました。
「私は、大きくなったら、普通のお嫁さんになるんだと言ったとき、周りは全く嬉し
いという顔をしてくれませんでした。でも、私は養護学校を出てから、ある人と知り
合って、妊娠しました。今は、3人の子供もいます。
初めて妊娠した時の経験をみなさんと分かち合おいたいと思います。妊娠が判ったと
きに、最初にどうしていいかわかりませんでした。子供を持つことを夢にも考えたこ
とがなかったからでsy。でも、子供の命を自分から切り離すことはできませんでした
。私自身が自分を殺してしまうような気がしたからです。そんなわけで、産むことに
決めましたが、周りにいた友達も市役所の人も誰も賛成してくれませんでした。まし
てや、障害児を持つお母さんからは、そんなことはやめろと言われました。
さて、一番最初の妊娠判定をどこの病院でするのかを慎重に考えました。どうしてか
というと、精神病や知的障害のある人が本人の意思無しに、保護者などが堕胎させる
ことができるとされていました。だから、私の意思を無視して、お医者さんが家族に
連絡して産むのを辞めさせることが考えられました。そこで、私は、キリスト教の優
生保護法の指定医になっていない医者を選びました。指定医というのは、医師会が認
めている、中絶手術が安全にできるというお医者さんのことです。優生保護法の中で
も認められています。
しかし、そこでさえも、うちではできませんからと、、、と最初は言われました。で
も、私が産むという意思を告げてからは、快く受け入れてくれました。
私が妊娠したということを、『いつ』家族に告げるかということも悩みました。優生
保護法のことが頭に引っかかっていたからです。
当時は家族とは離れていたので、言わない限りわからないし、あまり早い時期に言う
とおろせと言われるだろうなと思いました。そして、中絶不可能な妊娠7カ月になっ
て、はじめて家族は大騒ぎするだけで、全ては後の祭でした。(会場、爆笑)
これは、18年前のことですが、小さき子供を持つ、私の友達からも、同じような話
しを聞きます。お医者さんに言っても、誰もおめでとうとは言われません。世界中k
ら反対されて産まれてきた今18才の息子は私の誕生日に今日はいているズボンを作
ってプレゼントしてくれました。今年の母の日にも、カーネーションの大きな花束を
くれました。

あの時、産んで本当に良かったなと思います。私たちの意思を脅かす『優生保護法』
を憎みます。」

結構、周りで泣いているも多かった。私も、元来、すぐ泣くので、涙がぼろぼろ出て
きてしまいました。

ここで、また、Internatinal Playback Theaterの人が「彼女は、とてもスマートだ
と思います。女性はがんばれば、どんなことでもできる、彼女は本当に強い女性だと
思います。心から尊敬します。」という参加者の言葉をうけて、再び、寸劇が行われ
ました。

、、、、さて、今日の島谷のレポートは、ここまでです。
たくさんの話しを聞いて、ちょっとどれもカットできそうにありません。
かといって、一辺に書き切れないので、次のレポートに続きを書きます。
ちょっと日付けの前後がはっきりしなくなってきました。
レポートを書く時間があまりとれないので、前の日や前々日の分が残ってしまうから
です。
だから、文章が前後することになるかもしれませんが、よろしくお願いします。

2日の夜は、広場の野外ステージで、アフリカンダンスがもようされて、多くのアフ
リカの国々の踊りや歌や、平和や今回の大会に望むメッセージなどが読み上げられま
した。どの国の衣装もとても美しいし、それよりもそれらの国々の女性のたくましさ
、健康、いきいきとした表情、まっすぐな瞳、どれをとっても、この中国に集まって
きた女性達の大会をとても喜んでいる様子でした。集まった他の国の男女をあわせて
、幸福な時間が過ごせたように思います。

3日は、スリランカなどの国の踊が夜もようされるらしいです。

ではでは。

        世界女性館義のやってきたshimatanレポート No.10 − 95
.9.2

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