★ Reports From Beijing... ★



島谷です。

世界女性会議関連レポートの第3段です。
お昼ご飯を食べてから、NGO Forum会場のある町(村!?)の中心地まで出
るための交通手段がなく、最初歩いて出かけようかと思って、どの位距離があるのか
とか、何時間位かかるのかを宿泊先のホテルで聞いてみましたが、歩くのは無理、車
で、、、という話になって地元のタクシーを呼んでもらいました。

(、、、といってもタクシー自体がほとんどなく、たいていの人は自転車にのってい
ます。)

また、一般的に昼食代が一食3、4元(400円位!?)なのだそうですが、半日の
タクシー代が200元でならいいと言われて(50食分!?)暴利だとは思うのです
が、かといってホテルから出られないままではらちがあかないので、それで町に出て
、コミュニケーション・センターを探すことにしました。

町の中心地まででて、それらしい看板を見つけてはコミュニケーション・センターは
どこにあるか知らないかとか、そのセンターが入っている建物がシューティング・ス
クールと呼ばれているという話だったので、シューティング・スクールは近くないか
とか聞くのですが、10数人に聞いてもわかりません。地元の人は、会議があること
は知っているのですが、自分達の町のそれぞれの建物のどこで何をやるのかは、誰も
会議の主催者からは聞かされていない様子です。

さて、どうすべーかと考えているときに、ふと頭の中を昨日ちらっと見た光景がよぎ
ったのでした。それは、町の中を走るおんぼろトラックのフロント・ウィンドウに、
アップルのステッカーがのっかっていた光景です。その車は土簿こりのする道を本道
からはずれて、北に走って行ったようでした。

この国で、アップル・コンピュータのマークを見る機会があるとすれば、それはイン
ターネットにつながるコミュニケーション・センターに関係するに違いないと思い、
昨日Uターンをした地点まで行き、そこを奥に行ってもらうように運転手さんに頼み
ました。
道の途中には廃虚のような(というよりも原爆ドームのようなというべきかな?)体
育館のような建物があったりしましたが、その奥の建物を一つ一つ除いては、これは
違う、これも違う、、、と候補となりそうな建物を選別していったところ、とうとう
入り口をはいったところにジャッキーチェンのような人が銃をかまえている縦看板の
ある建物に入りました。

        「これって、もしかして、シューティング・スクール?」

2階にあがると、そこにはたくさんのテーブル。これじゃ、コミュニケーション・セ
ンターとは言えないですね。でも、もっと奥までいってみよう。
いくつかのしきり壁を抜けていくと、まず、沢山の中国製の公衆電話やファックスら
しいものがずらーと並んでいる部屋があります。
また、その一角には、INTERNETと書かれたプレートが置かれているパソコン
の前に沢山の中国人達が騒いでいるので、そこのひとに、ここの中に、インターネッ
トの接続をしているチームがないかと聞きました。しかし、彼等の答えは、インター
ネットは自分達がやっていて、他の人達はやっていないとのこと。では、アップル・
コンピュータのあるところはないかと聞くと、更に奥の部屋にアップルの人がいると
いうので、更に更に奥に進みました。確かに、20台位のマックがおいてあって、そ
のところどころに西洋人が歓談しているではないですか。
彼等に、ここでインターネットの接続とかをやっているAPCというネットワーク・
チームの人を知らないかと尋ねると、奥の小部屋を指して、あそこにいるよと教えて
くれました。

小部屋といってもただのベニア板で仕切られているだけの部屋で、部屋の中には、特
にワークステーションらしきものもないし、2、3人の人がいるだけでした。

Ayako : Hello! I’m Ayako Teramura。 I came from Japan。 Are you a st
aff of APC?
APC staff : Yes。 Ayako、 Nice to meet you。

というわけで、やっと目的のコミュニケーション・センターのインフラやインターネ
ットとのGatewayをやったり、会議中にWWW, Gopher等で情報を発信し、また、会議
の参加者に電子メールなどの使い方を教えてあがたり、会議場近くにメールやその他
の情報を利用できるような環境を支援するAPCというNGOのチームに巡り会えたのでし
た。(あー、よかった、よかった。うれしいな。)

さて、I want to wark with you. What should I do?
という私に、彼女達は(そう、今回の世界女性会議でAPCの中からやってきた人達は
、すべて女性スタッフです。会議自体の立ち上げや運用をすべて女性スタッフでやろ
うという理念はちゃんと保たれているのですね。)今日は、他のメンバーが北京空港
まで、SUNのワークステーションや、その他必要な器材を取りに行っているので、彼
女達がかえってきたら、それをすべてセットアップしなけえればならないということ
でした。

すでに、その時には、専用線がきていて、CISCOのルーターが来ていました。

たくさんの箱が運ばれてきました。
2、3人しかスタッフがハイロウには到着していなかったので、とにかく、SUNや、
ケーブル、ディスク、その他もろもろのものを取りだし、6帖程の部屋の中への設置
、セットアップが始まりました。

接続にあたっては、各器材の許容電源なんかもみてわけたり、変圧機をかませたり、
おおそうどうです。
なにしろ、この会議のためにあつめられた器材は世界各国から集まってくるので、22
0V, 120V, 100Vなどごちゃまぜ、コンセントの形もいろいろあるので、それらにあ
わせたコネクタをつかいまわします。
SUN関係のセットアップしていると、いきなりモニタが「ボン!」といって白い煙を
もくもくと吐き出してしまいました。てっきり220V対応だと思ってつけたモニタが、
実は、120V対応だったのです。
すぐにとりはずして、しばらく放置して冷却してから変圧機をつけて再度稼働するこ
とを確認しました。
私も、日本から持って行った、Macintoshフォーマットの日本語システムを入れたHD
もいきなり

        「ボン!」

です。(これは、まじに日本語環境がなかったときのそなえとしてなけなしの懐から
出して買ったHDだっただけに、すげーショック!中国まできたら「ボン!」と白い煙
黙々〜だなんて、悲しすぎる〜。)

        また、電圧の違う機器は、たとえ変圧機にかけても、SCSIなんかでつなげよ
うとすると、
ぱちぱちと小さなスパーク光が出て、これまた危険です。

でもね、、、この両方とも、今使えているんです。(悲しみが大きかっただけに、今
、非常にハッピー。捨てる神あれば、拾う神ありとは、こういうことのことを言うの
かな!?)

その後の私とAPCのtech teamメンバーの仕事は、盛りだくさんでした。

        ・USでセットしてきたマシンのIP Addressを変更し、DNSをあたらに定義し
なおして、
         (この回線はSPRINT NETにつながっているのかな?)USのセンターにつな
がるように調整。
         このあたりも全部APCの女性スタッフだけでやってしまうのが、感動もの
です。

        (注)
                英語を含めて、言葉が全然駄目なんです、私。
        でも、/etc/ns,,, nslookup, inetd.conf,,,このあたりのシステ
ム用語
        だけで、英語圏、スペイン語圏、日本語圏、その他もろもろの国の女性達だ
けで仕事が進むなんで、
        いやー、うれしいな。ほんとに。

        ・HPやMacintosh等にIP Addressを振り始めました。このときになると、夏
休みを利用してボランティ
         アできているアップル者の人達とも結構意気統合してきました。イエーイ!

        ・会議にスタッフ参加しにきているスタッフのアカウント作成や、WWW serv
erのチューニング、
         コミュニケーション・センター内にある、Windows PC, Macintoshとの接
続も始まります。

        ・イーサーケーブルの作成・・・10baseT等
         ケーブルとかは、けっこうアップルの人も手伝ってくれました。電源まわ
りのチェックなんかも
         箱をあけてテスターで調べて、アースとかをやってくれたり。。。

そんなことをやっているうちに、夜になりました。あとから来た日本の友達とも連絡
がとれて、明日(25日)に合流することになったのです。
翌日は、どうにか友人とも合流し、友人は、ホテルとコミュニケーション・センター
の間をタクシーでなくても行き来できるように北京で、中古の自転車を2台入手して
きてくれました。ここでは、自転車を買うのは簡単でも、自動車のナンバーのように
かんさつがないと駄目なのです。中古ならばかんさつ付だから、そのほうが便利ですね。
それと、日本から準備していた、多言語対応のX Window systemや、多言語対応のMos
aicがインストール済の自作のHDも、ここのSUNにしっかりmountできました。ただ、
大きな問題がここに。

        SUNにつながっているモニタは、ウィンドウシステムが利用できない旧式の
キャラクタ端末しかないのです。ショックー!!!
きっと、ウィンドウの利用できるような高いモニタは、事前にファウンデーションで
きなかったのでしょうね。

うーーーん、どうやって、WWWの多言語のデモをやればいいのだろうか。

、、、と課題や問題はつきないのですが、でも、やっと、日本語でしゃべれる人が来
てくれたので、安心しました。

ではでは。

        北京の世界女性会議にやってきたshimatanレポート No.4 ー 95.8.25

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