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オンライン学習会「介護」
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2. 参加者の紹介
| <講師の紹介>(講師の方から頂いたものをそのまま掲載しています) | |
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清水博子
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( 1931 年生まれ) 清水女性問題塾/フェミニストセラピーあい主宰。女性問題研究家。 2児を育てながら学習塾講師、団体職員を経て、女子教育と主婦問題に問題意識を持ち、あらゆる女の問題に首を突っ込むようになり、女性学らしきものを独学。カウンセリング技法は日本心理センターと河野貴代美氏に学ぶ。 1988 年フェミニストセラピー窓を共同経営。 1992 年に独立して現在に至る。この間渋谷区女性センター「心とからだ相談員」、東京女子大学短期大学部女性学チューター、神奈川県自治総合研究センター課題研修講師、フェミニストセラピーカウンセラー養成講座講師、朝日カルチャー立川特別講座講師、東京都労政事務所講座講師および各地方自治体女性問題講師を経験している。 主な調査研究論文に、「優生保護法に関する二つの調査(女性学年報8号、共同執筆)」「皇室典範男系の男子の解明(女性学年報 12 号、共同執筆)」、「フェミニストセラピー窓の開業と実践(現代のエスプリ 278 号、共同)等がある。著書に「夫は定年妻はストレス」(青木書店)、『女性と心理シリーズ』第一巻「家族の現状」『渡老期のカップルの問題』(新水社)がある。主なテーマは、1 . 家族の変化、 2 . 熟年カップルの課題、3 . 子育て後の自分探し、4 . 女性の対人関係など。 一番好きな仕事は、カウンセリングです。自己尊厳を見失っている方に、時間がかかりますが、「自分そのままでいい」と気づいていく援助の仕事は、いままでの自分と重なるし、感動する仕事です。あれ?「介護」がない。この「介護と女性、家族と介護」こそ女性問題の終着点になるので、個人のフィロソフィー(どなたかが言っていた)「なぜ女が引き受けるのか、もしくは、引き受けないと心が痛むのか」の学習課題なのではないでしょうか。 というわけで皆さんと一緒に進めるのが女性学なので、よろしくお願いします。
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吉岡ゆう子
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1981 年 長崎大学薬学部卒業。九州大学医学部附属病院薬剤部にて研修、病院薬剤師業務の基礎を学ぶ。 1982 年 財団法人恵愛団 恵愛団薬局勤務。保険調剤全般に従事。 1988 年 日本医科大学付属多摩永山病院勤務。内科担当薬剤師として入院患者の臨床業務にあたる。伊藤医薬経営研究所勤務。それまでの経験を生かして、薬局・病棟業務のコンサルタントアポプラス研究会の企画運営に従事。 1993年 アポプラスステ―ション(株)勤務。教育研修事業部として、薬剤師の教育実務講座アポプラスアカデミーの企画運営にあたる。アポプラスアカデミーでは、薬剤師のための在宅医療セミナー、入門編、介護編、実践編を実施。訪問看護ステーションのナース、介護に精通した福祉関係者を講師に迎え介護保険導入に向けたトレーニングを実施。薬剤師向け雑誌においては「在宅医療実践マニュアル」を連載中(企画、編集)。 現在は、フリーランスとして「薬剤師の教育」をキーワードに、薬局の教育企画、雑誌の企画、書籍の企画をホームオフィスにて行っている。講演、ワークショップも多数。 先週は、私の実家の祖母( 95 才)と主人の母( 65 才)(ともに長崎)の初盆のため帰省していました。ちょうどこの介護の勉強会のお話があがった 6 月、長崎でひとり暮らし、かつ現役で働いていた(しかし6月で仕事を辞める予定だった)主人の母が、温泉旅行に行き朝風呂で髪を洗っている最中、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で倒れました。主人は千葉在住の姉ひとりの長男で、すぐに長崎に駆けつけましたが、母は意識を戻すことなく2日後に亡くなりました。介護の必要はありませんでしたが、突然の死で、家やお墓のことなど後処理で今でも大変です。 私の実家の祖母は、 20 年前に脳出血で倒れ、右半身不随の障害を残し、それ以降ずっと寝たきりのまま今年2月肺炎のため 95 才にて亡くなりました。私は、この勉強会で今後導入される介護保険のお話をしていくのですが、その前にちょっと、私の実家の介護の話をしておきたいと思います。 祖母は、 20 年前に倒れ病院に入院してから一度も家に戻ることなく、その間、急性期の医療を行う一般病院、慢性期の医療を行う老人病院、そして、 5 年ほど前、老人の社会的入院が保険診療上病院経営に厳しくなり始めた頃、病院より転院を促され、運良くといっては何ですが、特別養護老人ホームに入ることができ、最後の 5 年ほどは老人ホームで過ごしました。最期は、風邪を悪化させ肺炎になり(急性期の)病院に 1 週間ほど入院し亡くなりました。その間の介護ですが、病院に入院していた頃は、私の母が、日参して付き添っていましたが、そのうち清水さんのお話のケースとはちょっと違いますが、鬱状態になり、世話ができなくなりました。その後を一手に引き受けたのが、祖父です。 祖母が倒れた当時、祖母 75 才、祖父 79 才、ふたりとも元気で、細々とですが、商売をやっていました。祖父は、祖母が倒れてからは商売をやめ、 94 才で亡くなるまでの 15 年間、祖母の病院に毎日通い、一日の大半を祖母と一緒に過ごし、残りの人生を祖母の世話のために使いました。(現在では長期に医療保険の範疇での社会的入院はできませんが) 祖父は 100 才まで生きるといい、毎日体操を行い、自分の健康管理には、とても気を使っていました。しかし残念ながら 94 才で、やはり肺炎にて亡くなりました。その祖父が亡くなった後、私の父が、祖母よりも 3 年早く 64 才にて亡くなりました。 父は、定年退職後も嘱託で勤務し、その年の 3 月で仕事を辞めるというとき、肺炎をこじらせ入院し、退院目前にして急変し意識がなくなりました。その時私の兄弟は今後の世話をどうしようかと心配しましたが、意識が戻ることなく亡くなりました。祖母は祖父よりも 1 才長く生き、 95 才で眠りにつきました。 今振り返ってみますと、この勉強会にて交わされている様な現実が目の前にあったわけです。嫁として介護の場面にたたされた母、妻の世話をする年老いた夫、そして核家族化で都会にすむ子供。ただ自分自身の身には自分の生き様を変えるほどシビアに降りかかってきていないというのが実感です。 今後は、自分のことそして主人のことを想定して子供に頼らない老いた時の生き方を考えていかなければならないと思っています。そのような意味で一緒に勉強できたらと思っています。それから、私自身は、薬剤師ですので薬のことにもふれていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。 |
| <コーディネーター> | |
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塚田弥生
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大学病院勤務医。専門は内科一般および循環器。WOM運営スタッフ。
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| <参加者の自己紹介> | |
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Aさん:
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介護については何も知らない状態ですので、非常にいい勉強をさせていただけると大変期待しています。塚田さん、講師のみなさん、よろしくお願いいたします。 |
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Bさん:
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自分の父母と夫の父母がおりまして、それぞれ夫婦だけで暮らしております。今は誰も介護を必要としていませんが、なにぶん高齢のためそれぞれ病気をかかえています。自分も小さいこどもを抱えていて、いざ誰かが倒れたらと想像すると不安です。切実な問題として学んでいきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。 |
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Cさん:
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保険制度の事や、遠く離れた親が、体が弱くなった時どうケアするべきか、離れて住んでいても可能なケアの方法など知りたいと思っています。仕事があるからとか、遠くに離れているからとかの言い訳は許されないと思っています。離れていても有益な情報を調べて提供できれば力になれるのでは、とか、介護も情報収集力がものをいうかも、などと感じています。あと、ぼけ防止の方法とかも知りたいですね。 |
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Dさん:
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私は、父母、義父母とも健在でまだ介護は必要ありませんが、今から心構えだけでも準備しておいた方が良いのではないかと考え始めたところです。私の友人も、親の介護は家族がするのが当然と思っていたのに、いざ介護が自分の身に降りかかってきたら、その精神的・肉体的負担の大きさに在宅介護の限界を感じたそうです。
また、祖母が入院した時、母や叔母が交代で泊まり込んだり、下の世話をしたりしているのをみると、入院中の介護も大変なのだと考えさせられました。母も、昼間仕事を終えた後病院に泊まり込み、ユンケルを飲みながら、会話も出来ない祖母と数ヶ月過ごしたわけです。よくやっていたと思います。私自身は現在香港に住んでいるので、海外の状況についても興味がありますので、その辺りのことも勉強したいと思います。 |
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Last updated on 17 September 2001 by Michiko Takeda