オンライン学習会「介護」

 

 

10. 塚田さん 第4回講義

<介護と医療機関とのつきあい方>
<要介護者の人権侵害について>

 

<介護と医療機関とのつきあい方>

 多かれ少なかれ、年を取ってくると、なにがしか体に不都合が出てきます。まさか自分の親が・・・なんてことはよくあります。そうならないために要介護患者の家族としての医療機関とのつきあい方についてお話しします。

(1)受診医療機関を把握する

 高齢者の方は必ずどこかの医療機関にかかっていることは老人クラブの調査などでも明らかです。1つや2つの医療機関なんてざらで、診察券を山のように財布の中に入れて持ち歩いています。うっかり、診察券の替わりにキャッシュカードを窓口に提出してしまう強者もいます。ですから、必ず、どこの医療機関にどういった病気でかかっているかを把握することが必要です。

 まず、風邪などでかかるホームドクターはどこか。また、高齢者は往々にして白内障や義歯などでかかっていることが多いので、眼科、歯科なども押さえておいた方がよいでしょう。かかりつけの病院と電話番号、主治医名ぐらいは、一覧表にしておいた方がよいと思います。

 また、特殊な病気で、大きな病院にかかっていないか、必ず確認してください。こういった場合、本人はなかなか話したがりませんし、心配かけまいとして、隠していることもしばしばあります。一度はホームドクターあるいは大病院の主治医の診察の時、付き添うことも必要です。その場合、兄弟や他の家族がいれば、きちんと相談して行く方がよいでしょう。後になって、私は聞いてなかったというような、家庭争議の原因になりかねません。

 せっかく付き添っていくのなら、今日は、家族の病状について知りたいということをきちんと主治医に告げ、説明してもらいましょう。そうでないと、ただの付き添いと勘違いして、患者とだけ話をしてさようならなんてこともあるかもしれません。きちんと、聞きたいことを箇条書きにして、質問すれば、簡潔に説明してくれると思います。外来診療は他にも待っている患者さんが居るので、あまり長く話さないこと、むしろ、ゆとりのある診察時間帯の最初か、最後の頃に診察の予約をとって行くとよいと思います。できれば、緊急時の連絡先をカルテに記載してもらうのがよいでしょう。

 もし、本人が同行をいやがるようであれば、ホームドクターと相談してみてください。大体、大きな病院から診療報告書などが届いているか、届いていなくても文書で問い合わせてくれると思います。こういったことは、離れて暮らしている人ほど、確認しておいた方がよいと思います。

万一、かかりつけの医者がいなければ、是非お近くに持つことをお勧めします。介護保険の申請書類の作成や、その後の訪問医療、指示書の作成は、市中の開業医の先生でなければなかなかできません。介護保険はある意味では、医療機関の機能分担を促進する意味もあります。

(2)内服薬を確認する

 高齢者は、多くの種類の薬を飲んでいます。しかし、最近のニュースにもありましたが、必ず飲み忘れがあったり、何の為の薬か理解していなかったりすることが少なくありません。最近は、医薬分業が進んできたので、病院から処方された薬剤は、かかりつけの薬局から調剤してもらっていることが多いと思います。かかりつけの薬局に相談して、いつ何の薬を飲んでいるのか、中には強い副作用を持つ薬や、勝手に中断すると症状を悪くする薬もあるので、きちんと説明を聞いた方がよいでしょう。また、薬箱の中に、たっぷり薬が隠れているようなら、最近は薬剤負担料も高いので、一度持って行って整理してもらうのも一考です。

(3)保険証、診察券の在処を確認する

 急に腹痛が起きた、胸が苦しくなった、というとき、本人は痛くて苦しんでいますから、いろいろ聞くことはできません。緊急時に備えて、最低限、保険証、診察券、印鑑などがどこにあるか確認しましょう。もし、入院が必要になったら、あわてて、自宅に戻るようなことは避け、看護婦さんの指示を仰ぎましょう。寝間着、着替えなど入院に必要な物品は、院内の売店に売っているものです。

(4)健診はできるだけ受診するように勧める。

 しばしば、医者にかかったことがないことを、自慢する人がいますが、決してほめられたことではありません。病気は自覚症状が出てからでは、大概手遅れです。なんともないうちに治療する方が、体の負担も少なくてすみます。最近の医療保険の改正で、高齢者は老人慢性疾患外来総合診療料という一率料金になっているので、一般の開業医レベルでは、検査をすればするほど、収入減となり、検査をやりたがらない傾向が出てきました。このため、通院していても検査をしないので、疾病の発見がしばしば遅れることもあります。

 これに対し、老人保健法で決められた健診であれば、開業医の負担はありません。一通りの検査が無料で受けられますから、これを利用しない手はないと思います。いろんなところに通院していても、年に一回は家庭医で健診をうけた方がよいと思います。

元気なうちに、自分がどのように介護を受けたいか、看取られたいか、話をする。なかなか、いやがられる話題ですが、そうなってからあわてるより、本人の意思が確認できるうちに、いろいろなことを聞いておいた方がよいと思います。「まったく、うちの嫁は自分が病気になったときのことばかり聞きたがる。」と、煙たがられるかもしれませんが、やはり必要なことだと思います。これは、自分自身についても同様です。最近は、適切なインフォームドコンセプトを促進する意味で、各病院で情報開示が行われるようになりました。初診時に「病気になったら誰に話してほしいか、或いは話さないでほしいか」と、予めご本人に確認する施設も増えています。身近な例を引き合いにして、最後はどこでどうありたいか、相談してみましょう。

 また、ぼけてからでは、他人の言うことに理解を示せませんから、介護する側の状況もよく話して、相談しておくことが大切です。いつかは通る道ですから、兄弟ともそういう話題を避けず、時期が来たら話をしておくことが必要だと思います。

<要介護者の人権侵害について>

Fさん:

私の父は 47 歳のときに、精神病院に入院しました。最初の診断名は躁鬱病でした。父の診断名が、初老性痴呆症と代わったのは、最初の入院から4、5年後だったでしょか。父は自分に都合の良いことはきちんと覚えています。例えば、子どもの就職先や家を購入したこと、など、人に自慢できるようなことは良く覚えています。しかし、今日が何日か、自分の年が何歳かは分かりません。

また、発病前は理性というオブラートで原始的な感情を包んでいたから、なんとか社会生活を乗り切ってきましたが、そのオブラートが溶けてしまい、感情があらわになってしまいました。ほんの少しのきっかけで激怒したり、高笑いをしていたり、突然泣き出したり、人を必要以上に怨んだりします。もっとも、発病前からわがままで付き合いにくい人でしたけれど。それがもっと激しく、強く現れるようになったということです。

このため、不穏や幻覚・妄想、多動、攻撃行動などには、向精神薬によって治療することがあります。

父は精神病院の時は拘束されていましたし、現在は薬を処方されているようです。この薬が、治療目的か、介護のしやすさを目的としたものかどうかは私にはわかりませんが、その間の境界線はあるのでしょうか? また、薬を使わないで頑張っておられる施設はあるのでしょうか。薬でもなく、拘束でもない、第3の方法が確立される日は来るのでしょうか?

父の頭は現在ぼさぼさです。そのことで最近母がホームの看護婦さんと話し合ってきました。看護婦さんは父が暴れているので、十分な介護ができない。薬を飲ませて、眠っている間にバリカンで頭を刈りましょうかと言います。母は、では自分でバリカンを持ってきて、勝手に刈ります、と言って帰ってきたそうです。

家族として、ホームの介護の仕方に不満がある場合、どこまで、どのような言い方で、お願いをしてよいのか、どこまでは妥協しなければならないのか判断に迷っています。

 

塚田:

Fさんの質問は大変難しい質問ですね。Fさんのお父様を、ケーススタディとして、皆さんで考えていただきたいと思います。痴呆は、決して高齢者だけの問題ではありません。 30 代から、 50 代のいわゆる初老期に発症する痴呆もあります。代表的なものが前に説明したアルツハイマー病、ピック病、狂牛病として有名になったクロイツフェレルト・ヤコブ病です。

Fさんのお父さんのケースは、これだけでは判断しにくいのですが、ピック病という初老期痴呆の状態に類似しています。ピック病は比較的まれな疾患ですが、 45 − 50 歳で発症します。初期症状としては人格障害が目立ち、非活動性、無関心になり、自発性が減退することもありますが、逆に多動、徘徊、多弁、周囲への過干渉などの活動性が亢進することもあります。抑制がとれ、性的逸脱行動、窃盗、犯罪行為も認めます。患者の社会的立場にふさわしくない行動、周囲に対し小馬鹿にしたような不真面目さや軽薄さも目立ちます。常に進行性に進み、

5−7年の経過で、全身衰弱で死亡することもあります。病前の知的レベルとは関連なく、私が学生実習の時経験した症例は、一流大卒の商社マンでした。しかし、私が出会ったときには既に人格が荒廃し、家族に見捨てられ、何年も座敷牢のような精神病院の一室に閉じこめられている状態でした。

治療法は残念ながらありません。教科書的には、家庭または対人接触の多い看護を基本とし、 感染症や、栄養不足に陥らぬよう心がけると記載しています。Fさんさんはお父様に対し、大変複雑な感情を抱いていらっしゃるようですが、一連の行動を、心を開いて許してあげる、接してあげるということも、まず大切なことかもしれません。

向精神薬は、本来は介護のしやすさを目的とするのではなく、あくまで、介護者や同施設の他の患者に危害を与える場合、あるいは点滴などを抜いてしまい適切な治療を損ねる場合が適応となります。しかし、実際には、介護や看護の人手不足のため、上記を理由にベット上に拘束され、天井しか視野に入らない日を何日も何ヶ月も過ごしている痴呆患者も存在します。このような痴呆患者の人権に関する問題は、大変深刻な問題です。これについては、時間が許せば、皆さんで項を改めて考えていきたいと思います。

 

Fさん:

私は、この学習の場で自分が直面している問題の相談をしようと思ったのではなく、痴呆症の方の介護の場で、介護のしやすさを目的として薬を使ったり、ベットに拘束するといった人権を侵害するようなことが実際にあることを知らせたくて、お話しました。

塚田さんが例にあげられた商社マンの方の様子をうかがうと、その方を気の毒に思いますが、一方家族の立場を考えると、思いは複雑です。家族にも生活があり子どもには未来があります。その生活や未来を犠牲にすることなく要介護者の人権を両立させることはなかなか難しいことです。緊急避難的にまずは社会から隔離して、家族の生活と安全を守り、それから、要介護者にとって最善の方法を模索する以外に方法はないように思います。

しかし、残念ながら現在の貧弱な福祉制度では、最善の方策なんて皆無に近い状態です。家族の幸せと要介護者の幸せが真っ向から対立した場合、私は自分の幸せを真っ先に考えることにしています。その後、余った時間や体力やお金を家族のために使うことにしています。

話は変わりますが、痴呆症の方の介護の場で、薬や拘束といった手段を使わない介護は本当に実現するのでしょうか? 私のなかには少々疑問符が残ります。例えば、 24 時間体制で看つづけなければならない要介護者が1人いたとしたら、1日8時間づつで3人、お休みの人を入れれば4人が必要です。また、入浴等では1人の介護者では無理なのではないでしょうか。これだけの人数を長期に必要とするならば、介護者の人件費だけ考えても膨大な額となります。その人件費を家族で支払うことは到底無理なことなので、国家に依存せざるをえません。しかし、この膨大な額を日本の社会で支えきれるのでしょうか。

痴呆症の介護において、マンパワーに依存しないなんらかの方法を早急に開発する必要があるように思いますが、その可能性も先が見えない状態なのではないですか?

父が発病してから入院するまでの間の数々のできことを水に流すことは私にとって、とっても難しい課題です。私は 17 年が経過した現在でも父の体を触ることができませんし、父の目をまともに見ることさえできません。あの時私は深い深い心の傷を受けました。男性不信にも陥り、近づくボーイフレンドをシッシと追い払いながら学生時代を過しました。「新しい家族なんていらない。」そう思って暮らしていました。

私はこの場で私の心の傷について相談したいのでなく、病気がさせたこととはいえ、その言動で深く傷つき長く影響を受けてしまった家族がいることを皆さんに知っていただきたくて、あえて自分の体験を述べさせていただきました。

また、介護保険導入後の費用負担についてと、痴呆症の人が一般の病院に入院した場合の対応について、細かい点での質問をしました。これも、痴呆症の家族を持った時、ほとんどの人が直面する問題なのではないかと私なりに考えて質問してみました。やはり介護に直面しているからこそ気づくことも多く、こんな問題もあったのかと、学習会参加の皆さんに知っていただきたいと思いました。

父の病気がどうも普通の痴呆症とは違うなと前々から思っていたので、ピック病という病名がすでにあることを知ることができ、長年の疑問が一つ解けたようでとってもうれしかったです。

 

塚田:

Fさんの体験は、個人的には大変辛いものだと思います。しかし、皆さんにとっても他人事ではなく、貴重な体験談ですから、よろしければ話してください。

要介護患者の、人権問題、治療問題は、先にも述べたように重要な問題です。少し、簡単な調査が必要かと思います。制度問題と疾患についての講義がありますが、制度と疾患相互の理解をふまえて議論したほうがよいかと思います。少し、私の方でも調べてみますが、この件に介しては、清水さんの方でもご存じありませんか?

清水: Fさんのお父さんが精神的なご病気で、Fさんが長くお苦しみの様子は以前にも書かれていたのを拝見していました。父親が精神的な問題を持つということで、当人は、他人には想像できない複雑な気持ちで暮らされていることをうかがい知るだけでした。家族という関係での「葛藤」を話すことがFさんにとって必要な「癒し」なのかもしれないと、黙って見させてもらっていました。

介護と直接の関係は少ないかもしれませんが、精神病院での看護が、非人道的で父権的治療でなお閉鎖的だったとき、 1970 年代初めに自分が患者になって病棟に入院、強制的治療で苦しみながら人権の視点から勇気をもって介護される側の人権問題を告発し、我が国の精神病院を解放したのは、朝日新聞記者だった大熊一夫氏でした。それは「ルポ精神病院(朝日新聞社)」、「精神病院の話−この国に生まれたるの不幸−」に詳しいです。

私はその本をずっと昔ですが読んだことがあり、加えて「女に生まれた不幸」や、父権的医療にもひとり怒りを感じたものでした。それが、主婦の健康な精神診断の目的が「家事ができる」ことだと医療関係者が考えているということでした。家庭に閉じ込められたことで「名前のない病気」に陥っていった主婦の治癒目標が家事ができるとは何という無理解かという、ベティフリーダンの疑問と共通する女の人権問題の気付きです。話がそれて申し訳ないのですが、これは「女の老い」と決して無関係ではないのです。

介護にいたる期間、まずそれまで難なくこなしていた家事がスムースにいかなくなります。料理が億劫でおっくうで、する意気込みがなくなると、女は大抵自分を責めます。やかんをガスにかけたまま、ちょっとのつもりでその場をはなれると、すっかり忘れぐらぐら煮立ったり、ひどいと空になったやかんにびっくりなんていうことを、繰り返しながら老いの物忘れが進む。その間、女自身の自責もすすみます。なかには自分は煮炊きしないので、当然空焚きもしない夫が、重ねてこのような妻の老いを責めるなどと言うことも起き、こんなところでも、性別役割が女を男以上に苦しめることもあるのです。

まして老いの進行で自分の下の始末ができなくなると、女の方が介護者にとって時間も手間もかかるという話が報告されたことがあります。 92 年「女は変わったか?」(フェミニストセラピー研究会主催)というシンポジウムで、性器に直接触れる介護は「男の方が堂々としていてやりやすい、女は変な羞恥心があってやりにくい」とレポートされ、印象に残っています。

精神分析学も性差別に溢れていますが、長くなるのでまずはこのあたりで。

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Last updated on 17 September 2001 by Michiko Takeda