オンライン学習会「介護」

 

 

11. 清水さん 第5回講義

<海外の介護保健制度の概要> 

我が国での高齢者の介護が、家族の実態とそぐわなくなって、社会福祉の方向への転換期にあることはすでに述べましたが、先進諸外国でも、何回かの政策変化を経験して現在に至っているのです。もともと、国家の利害は、介護(ケア)の伝統的パターンつまり、性別役割(女の役割に決めて介護させること)を維持することにあるのです。

  20 世紀前半までの、家族イデオロギーの強化、原則として国家非介入は、家族が私的領域という神話の永続化の試みで、女性像を理想化し、世代間の暗黙の義務感と責任で女性役割にとどめようとする力学が働いてきたのだと言っていいと思います。しかし、現実には、前に触れたように、産業社会がこの世代間介護パターンに劇的な変化をもたらしたのは、我が国と同じでした。

 そこでいずれの国も、試行錯誤を繰り返しながら、現状は、

・公的社会福祉

・家族

・民間産業

・ボランティア活動

これらの4本柱で社会政策として支えられている、と概観できます。

 この4本の比重はそれぞれの国の実情で違っています。その国の社会経済政策、高齢者人口の比率、高齢者自身の意識、国民医療制度、年令差別、性差別など文化背景で対応が異なっていると言えるでしょう。

(1)アメリカ 民間企業およびボランティア主流

 連邦政府による、老人法( Older American Act )により、次の援助サービスがあります。

  ・情報の提供と援助

  ・オンブズマン(本人の不平不満を調査し、適切な対応をする)

  ・ケースマネージメント(適格かどうか審査評価監視)

  ・デイケアサービス(スタッフ人件費、本人交通費の援助)

  ・在宅高齢者のための安全と犯罪防止教育

  ・家事サービス

  ・保健サービス(健康審査で、治療代、外科手術代、その他高額医療費は出ない)

  ・精神衛生(人間関係援助など)

 加えて、高齢者自身に自立心、独立心が強く、子供との同居率が少ないことと、各州ごと市町村ごとに異なる制度が特徴だといえます。公的包括的な医療保健制度がなく(ヒラリー大統領夫人が作ろうとしてもできないまま失敗していることは記憶に新しいが)、 1965 年以来、 65 歳以上の入院給付を提供している国民健康保健制度にメディケアがあります。

 一方、我が国の生活保護制度に近い、貧困者のための、公的医療扶助精度にメディケイドがあります。しかし、このメディケイドには、月額に制限があるため、入所拒否やサービスの低下の問題が生じています。

自由と責任、独立心が生活全体の価値観なので、経済的余裕ある層は民間のナーシングホームで過ごすことになります。しかし、そこでも長期化で金の切れ目が縁の切れ目で、個人の貯えを使い果たす例も生まれていると言われています。自立心が強い社会ですが、約半数の州で、成人した子供に親に対する扶養義務を法制化しています。

(2)スエーデン 地域在宅ケア主流で不安のない介護

 高齢者も平等と自由な選択を保障する、混合経済を主軸とする福祉国家造りをしています。もともと家族に課してきましたが、法律婚の減少など家族の変化で、個人単位を基礎に福祉政策を変更してきました。ストックホルムを例にとると、 18 のサービスユニットに各センターがあり、多角的な在宅ケアサービスを実施しています。そして、在宅高齢者の 10 %前後がその支援を受けているそうです。そこでは、

  ・高齢者サービスの財源の保障

  ・快適な住居の提供

  ・個人のニーズにあった保健医療サービス

  ・高齢者個人の選択によって、高質のサービスを提供することがなされ

 実施内容は

  ・ホームヘルパー派遣

  ・通院その他外出の輸送サービス

  ・ディケア

  ・給食サービス

  ・医療ケア

  ・訪問看護

であり、昼、夜間、週末のパトロール看護のほか、ナースコールアラーム、救急車派遣などがあります。

 一方で高齢者は施設を明るくとらえ、体力の衰えを自覚し、コミュニティの担当者を通してサービスハウスへ入居を申し込むことがあるそうです。この施設の建設は官民協同で行うので、入居者は安心して居続けられるのです。

 その他、同じ症状の人がグループで生活する場所へは、専門スタッフの援助があり、老人性痴ほう症の新しい治療法として、国際的にも注目されています。家族については法律で、夫婦間、未成年の子供に対して扶養義務がありますが、成人した子の親に対する扶養義務はありません。

 福祉先進国スエーデンの介護の特徴

  ・高齢者自身の自由意志、自由決定

  ・地域に解放された高齢者施設(在宅の高齢者が昼飯をとれる)

  ・官民協同体制

といえます。

 しかし、これも 50 年代にそれまでの棄老的なホーム、病院での扱いに「これでいいのか」と女性ジャーナリストの問題提起から、改革が始まったのです。

(3)イギリス 政権変動で政策に一貫性を欠くが福祉先進国であることに変わりなし

  80 年代、福祉分野に民間活力導入に積極的だったが、民間企業の老人ホーム建設に対して補助金の助成をして、一定の成果を挙げています。

  90 年代、地方自治体に権限や財源をまかせ、自治体と民間育成を平行させました。(地方自治体はケアの管理と規制を提供するが、ケアの提供ではない。)

  ・コミュニティケア

  ・市場原理の導入

  ・運営は地方、財源管理は中央集権

が社会政策です。

 高齢者介護の意識として

  ・子と同居をせず、近居し援助サポートを受ける

  ・自立不能になると、財産処分をして、老人ホームへいく

  ・ボランティア、団体活動が盛んである(活動を支える諸制度、寄付に対する税制特典など)

などです。

(4)オーストラリア 自治体、私企業、ボランティアの協同

 非営利団体「高齢者評議会( Council on Aging )」を自治体と私企業とボランティアによって構成し、 2011 年に 65 歳以上が 20 %と予想される時に備え、 80 年代の施設主義(ナーシングホームとホステル)から、在宅サービス主義に転換しているところです。

・高齢痴ほう老人の増加

・介護者の減少

・非英語圏高齢者増加

などの対策が問題となっている。

 このため、

  ・コミュニティケアと適切なアセスメントケア(高齢者のニーズと判定)

・家屋の維持、修理サービスのレジデンシャルケア

・病院、医療のチーム化

 具体的には、在宅ケアは州が責任をもち、

・ホームヘルプ

・訪問看護サービス

・給食サービス

・短期保護サービス

・輸送サービス

・医療サービス

があります。

 以上、福祉の先進国の状況をざーっと見てきました。「高齢者の生きがいと生活の質」について、社会福祉医療事業団(厚生省)から委託を受け、「明るい老後」を探すため日本だけでなく、ヨーロッパ、アメリカなどで実地調査を行った( 90 年〜 95 年)福祉社会研究所理事長の菊池幸子は、諸外国の高齢者の表情の明るさと我が国の高齢者の暗さを指摘しています。ですが、いずれの国も、国民の意識や伝統とのからみから、試行錯誤の現状にいるともいえると思います。たとえば、福祉先進国に、いま我が国でとても好評な「入浴サービス」はありません。生活文化の違いがこのような形で現れているのだと思います。でもなお、これらの先進国の高齢者自身への「援助や支援」と比べて、我が国には「介護不安」はまだまだ大きくあるようです。そこで、次の調査を見てみましょう。

  96 年、(財)経済広報センター調査で( 40 〜 50 歳、 6000 人対象)

  ・自分や配偶者の介護不安     70.0%

  ・生きがいある生活        46.8% 

  ・生活資金など経済面       33.5%

 我が国では働き盛りにも、介護不安が一番大きいのです。それは先進国に比べ家族イデオロギーが強いためだと私は思います。これも、我が国の伝統であり文化ですが、この家族依存が介護の社会化のネックになってきて、なんと子供、特に娘を手放せない親が出ています。女が結婚したがらない理由は、ほかの理由もさまざまでしょうが、私は自立させたくない親のエゴに振り回される娘の相談に出会ったことがあります。このため少子化が高齢化と平行してますます進むのではないかと、思うのはあまりに悲観論でしょうか。

 ソーシャルワーカーの渡辺哲雄は福祉文学のなかで、「この国にはなにもない。大きなテレビや素晴らしいスポーツ施設や、地方公共団体が主催する大規模なイベントや、暖かい福祉の標語はあふれていても、身体が不自由になった老人が安心して暮らせる、具体的な手段がなにもないのだ」と言っています。個人的にはみんな寝たきりにならないよう、また惚けたくないと考えています。でも、老いるということは、そのような願望や意志、努力と無関係に進むものなのでしょう。心身の衰えは経済力や子供の有無にも関係なく、人間の生命の一断面に起こる現象です。不安のない老後は誰でも願うことなのではないでしょうか。

 「家族が変われば、介護が変わる。介護が変われば、家族も変わる」のです。しかし、家族がやれば福祉はいらないという「日本型福祉社会」の考えのために社会的福祉介護体制づくりが遅れたということもあるのですが、後ろを向かず前を見ましょう。

 安心で効率のよいプロの介護、多様なサービスと質と種類の選択ができるために、必要な形は、4本柱(公、家族、私企業、ボランティア)です。私は前にボランティアに疑問を感じた発言をしましたが、それは自分の生活費、税金、年金、保険を夫に頼っている主婦をボランティアとして働かせる、暗黙の政策意図に批判的なのであって、むしろ諸外国の慈善活動からのボランティア意識を評価しているものです。1年半後、介護保健もはじまります。吉岡ゆう子さんが詳しい話を進められますが、今はこれらを私たちみんなで作っていく時なのではないでしょうか。私はこの制度に、公正さ、、情報の公開、暮らしを脅かさない保険料、の三つを要望したいと思っています。

 介護は、「生きていくために必要な生存権の保障」であるはずです。家族のやさしさや思いやりが摩滅していく、孤独な家族介護はもう終わりにしてほしいものです。そのためには、介護について私は、

  ・ホームヘルパーの職業意識と身分の資格化(現在は講座終了で資格ではない)

  ・本人のためのショートスティ(今は介護している家族のための意味づけ)

  ・私企業の老人ホーム建設への公的助成制度

  ・寄付金への税制改正

  ・職業人のボランティア参加

  ・子供のしつけ、教育にトータルな人間観を

と考えています。

#5のキーワード 「先進諸国は介護するもされるも『自立的』、我が国では『家族依存的』」

私の講義はこのあたりで終わり、後はお願いしたいと思います。

講義につき合ってくださって、ありがとうございました。おかしいところや不明なところがあれば、どうぞご指摘ください。できるだけお応えしたいと思いますし、私の手に負えないところは他の講師の方からの応援も戴きたいと思います。なお、参考文献は省略させて戴くつもりですが、いいでしょうか? ご希望なら後ほど、リクエストください。

 

塚田:
清水さん、講義どうもありがとうございました。皆さんの意見を読むと、介護する側、される側それぞれの予備軍の幅広い年代の方々がいらっしゃることがわかります。それぞれ世代で、それぞれの立場で、私たち自身が、今できること、やるべきことについて、あらためて御提言していただければと思います。
Dさん:

清水さん、貴重な講義ありがとうございました。

現在男女平等が進んでいるノルウェーやスェーデンでさえ、 1970 年代には他の欧州諸国に比べて、男女平等が遅れていたそうです。しかし、女性達やNGOや労働組合の働きかけで国を動かし、いまや世界一男女平等の進んだ国になったとか。また、ノルウェーの投票率は 90 %。安心して暮らせる国を作るのは、やはり国民一人一人の努力が必須なんですね。

また、スェーデンは最近の不況で、福祉が後退していますが、ノルウェーは油田を掘り当て、経済的にも心理的にも余裕ができたため、福祉国家を維持できているようです。私も、「政治はどうせ変わらない」という考えを捨て、粘り強く監視を続けなければと思いました。

Iさん:

清水さん、ありがとうございました。

イギリスの事情を調べていたら、おもしろい言葉にであったのです。「最近女が介護をしたがらなくなった」という文です。実は私も「介護をしたがらない女」なんです。痛快!!

でもね、人間には感情もあり、縁(えにし)を感じる機能もあります。私たちの年代は、普通には結婚しました。ですが運悪く、<嫁かず後家>で生家で一生を送る人もいました。たった 50 年ほど前のことです。大家族の家では、こういった使用人とも、家族ともつかない人に支えられて成り立っていました。今ならさしずめ無料のお手伝いさんですね。(宮尾登美子の”蔵”で壇ふみのやった役)嫁さんとて、そういった人々のいる家では、介護に携わらなくてすんだのです。家族は夫婦と子供という単位になったのはつい 20 年くらいでしょうか。

清水さんのおっしゃるように、各自背負っている個人史の違いによって今はさまざまな考えが出てきます。新しい潮流を知ることも大事、かといって、自分の立っているところを考えないで徒に悩む必要もない。取捨選択は自分でできます。周りとの軋轢もあるでしょう。できることを、できる範囲でやりながら、自分の人生の一部に、介護も取り入れていく、ということではないでしょうか。

もう2〜3年前になりますが、朝日新聞の<天声人語>で北欧のスエーデンかデンマークかで、1)健康に留意して過ごす人、2)まったく構わないで過ごす人、の2グループを 15 年間追跡調査したら、2)グループの人のほうが長生きだった、という結果が出たそうです。さすがに公表しかねた、とありました。ストレスのない方が長生きできるということのようです。もう一度読みたいと思い探していますが。

Dさん:

「先進諸国は介護するもされるも『自立的』、我が国では『家族依存的』」私は、この親子関係は、文化的な違い、物質的豊かさの違いから来ているのではないかと思いますが、いかがでしょうか? 例えば、アメリカの子供は、生後3ヶ月を過ぎたら親とは別の部屋で寝るし、 18 歳になったら親との同居はまずしない。イギリスでは、6歳から親元を離れ寮生活を送る習慣があった(ある)。

ところが、日本は、住宅事情が悪かったこともあり、何年間も親と同じ布団で寝ていたり、お風呂に一緒に入ったり、学校を卒業後、就職しても親と同居したりしていますよね。私の友人は、小学生の頃、両親はオランダに住んでいましたが、彼女はイギリスの寮に住んでいたそうです。早くから親と離れて暮らしていたので、独立心が強く、親との関係が希薄なのだと言っていました。逆に、彼女の妹は、歳も離れ、まだ小さかったせいで、ずっと親と一緒に暮らしていたそうです。お陰で母娘の依存心が強く、お互いに子離れ、親離れできない様子なのだとか。

それに、一昔前までは日本も貧しく、親の方でも子供の稼ぎをあてにしていた風潮がありますよね。香港では、社会的な保障は期待できませんので、子供たちから貰ったお小遣いで細々暮らしている老人達も多いです。(もちろん同居) フィリピンでも娘や息子達が出稼ぎに出て、老親にせっせと外貨を送っています。

日本的な感覚では、「恩は(くれた人に)返すもの」ですが、キリスト教的には、「愛は与えるもの」になりますから、親の方でも見返りの期待値も全然ちがいますよね。最近、日本の親も金銭的には豊かになりましたが、今度は、子供の方が、親の土地に二世帯住宅を建てて同居するなど、親に依存しているのは変わっていないですし。

また、欧米人は比較的寿命が短いので、働き盛りの時に稼いだお金で老後を賄えるのかも知れませんが、日本人は寿命が長いので、ショートする恐れもあります。イギリスなどでは、これまで散々高い税金を払ってきたのだから、老後はホームでお世話になるのは当たり前と考えているようですが、かといって、政府に懐疑的な日本国民が、これ以上税金を払うことを素直に受け入れることができるでしょうか? では、どうしたら良いのか? 結局、解決策はなく、試行錯誤を繰り返しながら、制度も意識も時代や国民性に合わせて変えていくしかないのでしょうか。

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Last updated on 17 September 2001 by Michiko Takeda