オンライン学習会「介護」

 

 

18. 終わりに−質疑・感想

Fさん:

介護保険で、おむつは支給範囲にあることが分かって大変安心しました。どうもありがとうございました。

年金制度は第3号被保険者のことや、遺族年金のこともあり私には世帯単位で考えられているように思えます。健康保険も同じだと思います。

介護の問題については、現行制度では個人単位のように思えます。そうすると、長年専業主婦 していた妻との年金暮らしの夫が要介護状態になって、特別養護老人ホームに入所すると、夫婦の虎の子の年金額に応じて負担額が算出されますが、その負担額には妻の生活費はまったく考慮されていないように私には思えるからです。長年夫のため子どものためにと働いてきた女性が、夫の年金をあてにしたくなるのは自然なことのように思えます。実際に夫が入院しては妻が生活 していかれないので、在宅ケアに切り替えざるを得ないといった例があると朝日新聞の特集記事で知りました。

私は入院費用と施設ケアとを混同させていますが、施設ケアにおいて現行制度では収入に応じた費用負担が算出されますが、その算出には配偶者の生活費は考慮に入れられていません。また、入院費用は治療額に応じた費用負担ですから、収入額を超える費用負担も有り得ます。ここでも 配偶者の生活費についてはまったく考えられていません。

介護保険が導入されるとやはり介護に応じた費用負担となります。ここでも配偶者のことは考えられていないように思えます。一方、夫の年収が 1000 万円の妻が要介護状態になった時、その女性は低所得者として扱われるのでしょうか? どうも、社会保険の種々の制度はその場その場で適当に考えられていて一貫性がないことが原因のように思えます。

私の話は介護に直面していない人を怖がらせてはいないかとすこし心配になりますが、私の体験を言わせていただければ、「遠くの未来を覗こうとすると絶望していまいそうだったので、近くの現実だけを見つめ、今現在出来ることだけをこつこつと実行して行ったら知らない間に生活が安定していていた。」というのが私の実感です。また、この経験は「どんなことがあっても絶望することはない。なんとかなるものだ。」と私に教えてくれました。

介護の学習は私にとって参考になることが多く、たいへん有意義な時間を持つことができました。この学習を企画された方や講師の方々に感謝しています。

清水:

介護でのもう一つの問題は、遠距離介護と、呼び寄せ介護だと思います。

遠距離介護親世代はたとえ子供が親元を離れていても、いずれは自分の介護をすると信じ込ん でいたり、あからさまに「帰ってこい」と言い続けることがあります。

例1  50 代のH子さんは最近仙台近郊に一人で住む実家の母親のことで、すっかり生活が乱された思いで憂鬱です。父親が去年亡くなって、一人になってしばらくしたら、母親が夜になると、H子さんに「寂しいよ」「眠れないよ」「明日の朝来てくれ」「怖くて一人で居られない」と毎夜のように電話をかけてくるようになったのです。初めのうちは、翌朝駆け付けたのでしたが、会えば喜んでくれるのですが、昼間だし電話での切迫感がなく安堵します。ですが、翌日からまた電話攻勢です。その夜の電話に、なんとなく怒りを感じて、きつい言葉で母親を叱りつけることもたびたびでした。夫は特になにも言いませんが、H子さんは、度かさなるうちに、時々夫にも母のところに行くと言い難い気持ちになってきました。そんな折には、新幹線で2時間ちょっとですから、夫に言わずに行って帰ってきて、黙ってすましていることもありました。しかし、毎夜の電話がうるさく感じられ、母親を病院に連れていき、精神科で安定剤をもらいましたが、それでも依然として母親からの電話は終わりません。いま、自分たちの暮らしと遠距離介護の限界を感じてしまい、なにも手がつかずいらいらしています。どうしたらいいのか、次の方法を模索しているところです。

例2 私ごとで恐縮ですが、現在進行形ですので書いてみます。

2年半前、 91 歳で父親が急死し、 86 歳の惚け進行中(母自身は物忘れがひどいという)の母親が山形で一人残されました。それまでは市の福祉からホームヘルパーが週に2回(2時間ずつ4時間)、主として掃除洗濯をしてくれて、子供の私たちは月に2回だれかが行って様子をみることで、毎日が回っていました(問題がないわけではないが、何とか過ごせた)。しかし火の始末もできなくなっているし、ゴミの分別もゴミ出しもできなくなっている母を、一日も一人にすることはできないのでした。このために、福祉課に行き該当する施設を調べ回ると、運よく建築中のケアハウスが見つかり、入居が決まりました。ですが、完成するのは半年先です。一人では何もできず父の指示で生活が回っていたので、入居まで、たったの一日も母を一人にしない介護ローテーションに苦労しました。山形新幹線に私が乗るために並んでいると、次に代わる姉が着き、駅で伝言したりという、今考えると本当に綱渡りだったと思う日々でした。寝たきりではないが、動き回るので(徘徊というほどではないのですが)、目を放せないというのも、別な介護苦労と言えるでしょう。とにかく大変な5ヶ月でした。しかし、完成すぐの食堂と浴室が共同、全員 50 室個室のケアハウスは町の中心から遠いことと、窓の下にお墓が見えるということを除けば「まだ自分のことができる(自立)高齢者」には恵まれている施設です。ですが、私の母はこの「自立している」という条件すれすれで入ったので、当然、日々老化はすすむわけで、子供である私たち(5女1男)は、まだまだ安心というわけにはいかないのです。最低必要な2週間に一度の個室の掃除と洗濯が私たち子供5人の介護当番で、話し合いで回ってきています。サラリーマンの弟は春の連休と夏休み、その他の4人の娘たちということです。ところが皮肉にも、アメリカのボストンに住む下の妹が一番永逗留できる(年2回ほど仕事上来日する)ので、医者に行く時などとても役にたつのです。

最近は母に失禁が始まり、今後の対策が課題になっています。紙おむつのいい商品があっても、使う能力(脳力?)がないのです。生理ナプキンさえ使ったこともない世代、だれかが側で何回かトイレに行くように催促することができたり、紙おむつの交換を催促したりできればいいのでしょうが、そのような人がいないのです。生活自立が条件なので、 50 人に寮母さんは二人きりで細かいことは頼めないシステムとなっています(入居時に契約)。いずれ母の状況がもっと進んだら、特別養護老人ホームに頼むことになると思うのですが、それがいつになるか、また頼んでもすぐ入れるかはわかりません。

 ですが、遠距離の交通費は父の遺産から実費は出すことにしていますから、経済的負担がないだけましかもしれません。片腎臓で臭覚を失っている姉 70 歳、次女の私はまだ仕事から放れられない 67 歳、三女の妹は2年前まで夫を亡くして残された義父母の介護 15 年で、自身は緑内障で数年後は失明の危険を宣告されている 65 歳、4女はアメリカ人になって 30 年、介護する方もそれぞれ問題をかかえての遠距離介護の実例です。

 

2000 年4月から実施される介護保険制度の運営主体(保険者)は市町村となるので、本人の住居地での福祉の対象になるしか、公的な援助は期待できません。親世代と離れていることは個人的な事情といえばそうなのですが、それだけでは切り捨てられないという思いも私に起きることがあります。今後も子供世代が兄弟も少なく現役で働いて社会的貢献している人が増えてくると考えられます。まだ数も少ないのか、黙って個人で引き受けているせいか、声が小さく公的な調査もなされていませんので、実態は出て来ていませんが、なんらかの対策も考えていく必要があると思います。

 

もう一つの家族介護に生活能力のなくなった親を、都会暮らしの子供の方に「呼び寄せる」という場合があります。数年前からこの場合の無理が問題化している家庭が出ています。呼ばれた高齢者の方の問題としては、1.慣れない生活環境で家に閉じこもる、2.家族以外に知人がいないので寂しがるし家族に一層依存的になる、3.大抵、元の家よりも都会なので狭いし、息苦しい思いでいる、4.昼間は一人ぼっちになる、4.食事が違い戸惑うがそのことをなかなか言えないなどで、このために落ち込んだり鬱になったり、惚けやすい危険がでるようです。

一方、急に同居された子供家族も変化を経験します。1.狭いところにまた家族が増えたためのさまざまな緊張感、2.子供が小さいと子供にもストレスになることがある、3.嫁姑の関係だと、もう一つ軋轢が出ることがある、4.食習慣の違いで不満が出る、5.十分気を遣っているのに、反応がないなどで、夫婦間にもぎくしゃくしてしまうこともあるのです。

その上、介護保険だけでなく、福祉関係全般の主体者が地方自治体であるため、援助に2年または3年住民であった者が対象になるという制限で排除されることもあります。ここでも、援助の必要な現役の納税者である介護側に不利な福祉の仕組みだと言わざるを得ないのではないでしょうか。

これらは今後実態調査もなされ、実態にあう福祉になっていくことが必要でしょう。今はまだ体験のルポルタージュ本などがぼちぼち出始めた段階かもしれません。(例 「もうすぐあなたも遠距離介護」太田差恵子著;北斗出版)。なお、国際経済学者の桝添要一氏の家族問題を書いた「母にむつきをあてる時」も有名人の体験だけに、社会啓蒙の意味が大きいと思います。

それと、長年住み慣れた家を離れたくないという声ばかり聞こえていますが、私のインタビューする介護経験者の多くが、自分の老後に在宅を希望していません。これも今後は変わっていくプロセスで変化が起きるかもしれませんが、一言付け加えておきたい「生の声」です(スイスまでは望まないけれど)。

塚田:
「介護でのもう一つの問題は、遠距離介護と、呼び寄せ介護だと思います。」というご意見は、 全くその通りですね。前に提示した厚生省の訪問看護ステーションの調査では、まだ別居家族が介護にあたっているケースは非常に少数です。今後、増える可能性はあるでしょう。もう一つは、都 市と地方では、地域における人口構成の違いによって介護の形態も変わってくると思います。
Dさん:

先日、朝日新聞の「声」の欄で、「持ち回り介護」をしている人の投稿がありました。ボケはじめた母親を、東京近郊に住む兄弟が自宅に引き取り、数ヶ月毎に持ち回りで介護をしているとか。

ところが、今回の介護保険では、公的サービスが受けられるのは、住民登録をした市町村に限られてしまい、越境してサービスを受けられないので、非常に困る。また、地域格差も心配だ。とありました。清水さんのおっしゃるように、2、3年その地に住まないと、公的サービスが受けられないとしたら、介護家族の転勤などで被介護者も各地を転々としなければならない場合も、非常に困りますよね。

少数派とはいえども、選択肢が広がれは、その分、心の安らぎの余地もあるのではないでしょうか?

塚田:

Dさんからもご質問のあった住居地と介護サービスの件ですが、まず、介護保険の認定に関しては、住民登録のある自治体でしか出来ません。(地方によっては複数の自治体で広域認定を行う地域もあるようです。)認定期間は6ヶ月なので、6ヶ月ごとに住民登録のある自治体で、申請を行わなければなりません。しかし、認定がとれれば制度上は、必ずしも、住民登録のある自治体でしか、サービスをうけられないということはありません。どこの自治体でもサービスをうけることは可能です。これは医療保険といっしょですね。

これも、住民登録後直ちに、認定の申請もサービスもうけることが可能です。(保育園も引越 してすぐに、預かってもらえますよね)認定作業に関しては、6ヶ月以上の長期間、住民登録の移動のない引き取りの場合、煩雑ですが、それ以外は問題ないようです。

今回、この学習会でとてもおもしろいと思ったのは、私のような医療スタッフの認識と、清水さんのような福祉の立場の方々の認識が少し異なることでした。これは、医療者側が接するのは疾患を抱えた被介護者が主であるのに対し、やはり家族の立場の相談を受ける福祉の立場では介護 に対する考え方が異なるのではないかと思います。いろんな文献にもあたってみて、勉強になりました。

介護に関わる人間は大きく3種類に分かれると思います。被介護者、介護に関わる医療者を含むケアスタッフ、そして、被介護者を抱える家族です。これまで、私たち医者は、家庭の状況はどうであれ、等しく同じように医療行為をおこなわなければいけません。ある程度の家族の要望は満たせても、個別のケースごとに、入院期間を配慮することはなかなか困難です。家族も、兄弟がいれば様々で、家庭内の問題まで、患者の治療にもちこむわけにはいかず、中立的な立場を守る意味でも、あまり家庭問題に立ち入ることはむしろできるだけ避けるようにしていました。そういう意味で、清水さんの講義で、家族の問題を家族の立場でどのように考えているかあらためて認識でき、大変勉強になりました。

吉岡:

居住地が変わったときに給付が受けられるかという件については、塚田さんにお答えしていただきましたが、介護保険は、健康保険と仕組み的には同じものと考えてください。国民健康保険の場合も引っ越しをしたら、転入、転出届けを出すと思います。介護保険の場合も転入、転出の届けは必要ですが、給付は保険料を納めているわけですから、どこでも受けられます。

給付はどこの市町村でも受けられますが、現実問題としてその質と量には、現状では地域格差が存在しています。 2000 年までにサービスの充実をはかるように各自治体が努力されるでしょうが、まだ見えない部分がたくさんあります。老後の居住地は、福祉サービスの充実している自治体へと引っ越しを考えておられる方もおりますし、また、福祉サービスをかかげて町おこしをやりはじめた所もでてきています。これからは競争原理が働き、サービスの質も問われてくる時代 にはなってくると思います。

ちょっと話がそれますが、アメリカでは、在宅医療は、リスキービジネスと言われています。訴訟もたくさんでてきています。それゆえ、リスクマネージメントにも力を注いでいます。日本においてもホームヘルパーによる要介護者の転倒骨折事故により、そのホームヘルパーを派遣した地方自治体が訴えられているケースもあります。ホームヘルパーに対するセクハラの問題もあります。日本は、世界にまれにみる治安のよい国で、あまり危険な地域というものがありません。介護者も見ず知らずの家に行く時にあまりリスクを感じていません。しかし独居の場合、高齢者だから、寝たきりだからと油断しているとおそわれる危険性があります。介護従事者が、ズボン姿であったり、キュロット姿であったりするのは、そのリスクマネージメントのせいでもあります。アメリカでは、まず相手の家に行ったら、「逃げ道の確保を」という教えを一番先にします。他人をあまり家の中に入れたがらない日本の家庭において、他人を入れるときのリスクマネージメント、他人の家に行くときのリスクマネージメントとその教育もこれからは、必要になってくると思います。

Iさん:

もう、介護される側の年齢の人間です。祖父、祖母、母、叔父、伯母、叔母、等々の死を見てきた私には老い、看護、介護はいつも身近にありました。父は戦死しています。ところが義父は一人っ子、義母は 12 人兄弟、どちらも親、親戚との関係が希薄。多すぎても、少なすぎても、人間関係が成立しないみたい? 従って、夫の姉妹たちは、父親が 91 、母親が 87 で入院、残された父が途方に暮れて妹の所に転がり込むまで、<老い,看護,介護>には無縁でした。長妹 64 才、次妹 56 才その年で始めて<老い>と向かい合いました。

自分の親なのですから、看病や介護に文句言わなくてもいいと、嫁たる私は思うのですが、肉親ほど言いたいことが言えるのか、親に悪態つきます(親に頼っていた年月と、自分たちがここ4〜5年看た年月を比べてごらんと言いたいのですが)。

でも、掃除、洗濯、食事の世話、それはとても良くやります。1時間かけて、週に1〜2回通っ てきます。介護の知識なしに突貫精神だけで面倒を看るので、風呂にいれては腰が痛くなったの、等々、で大変です。とにかくくたびれ果ててヒステリーがおきてきます。各自自分の家庭もありますので、仕事が済むとさっと帰ります。ゆっくり話し合う時間なんてありません。介護される ほうには、それでは不満が残るのです。時にはヘルパーさんを頼んだらと言っても、受け付けません。親の老い先は何処までか判りません。自分に降りかかっている介護の問題なのですが、私はどうも一歩引いたところで眺めています。老老介護の問題です。

清水さんのおっしゃるように、親族間の軋、女の社会的立場の問、どうしたら、うまく調整して生きていかれるのか、過渡期の生き方を模索しています。

Dさん:

介護の話題からはちょっとそれますが、日本では、まだまだ家庭内に他人を入れるのを嫌がる傾向があるのだと思います。それと、世界的にも日本人の人件費は高くなっているのに、その手のサービスはタダだと思っているようです。

私は、現在、香港でフィリピン人メイドと同居し、家事一切と、子守り、食料品の買い物等をしてもらっています。一度受け入れてしまうと、その家事負担の大きさと家事負担のない時の楽さに、気が付かされます。特に、私は仕事を持っていますので、仕事から帰ってきて、食事の支度などに追われることなく、子供と接していられるのは大きな収穫です。

しかし、ここでも日本人の中には、同居を嫌がる人が多いようです。これは、夫が家庭に他人が入り込むことを嫌がる場合と、妻が、他人に台所を明け渡す事を嫌がる場合があります。また、価値感覚の違いで、「お金を払うくらいなら、自分でやる」という人もいるようです。

多分、Iさんのご姉妹は、夫にさえ台所を譲らなかった世代でしょうから、ヘルパーを頼まないのは当然のことと想像がつきます。忙しさから開放されれば、優しくなれるのかもしれないので、家事は家事のプロに任せて、家族でなければできない、話し相手になってあげた方が、双方にとって良いのかも知れませんね。(今更、親と話す事なんか何もないといわれてしまえば、それまでですが…)でも、この辺りは、やっぱり、カルチャーというか、価値観の問題なので急激にはかわらないのでしょうね。

Fさん:

自分が介護を経験してみて、大変さが身に染みているので、自分の老後に在宅介護は望まない、と言うことなのでしょうね。1人の人間の全ての時間を、自分の介護のために使わせてしまうことは、とっても苦しいことです。

一方プライバシーの全くない大部屋で死ぬまで過すことは、想像しただけでも辛いです。個室化が進み、自分が使い慣れた家具に囲まれて過せるように、施設側でも何らかの対応がなされことが大事のように思います。私は 11 年前に右足を手術して、約7週間寝たきりを経験しました。そのときの体験では、大部屋での入院はもうこりごりです。聞きたくない会話が否応もなく耳に飛び込んできて、いらいらしますし、落ち着きません。本を読む気力も、集中力もなくなり、ただ1日ぼんやりと過していました。

また、面会に来た家族との会話が筒抜けなので、他愛のない会話しかできません。家族も、お見舞いに来た友人も直ぐに会話が途切れてしまいます。

病院は治療の場で、生活の場ではないので少々の我慢はできます。時間が経てば思い出になってしまうことが分かってるので、なんとか過せるのです。私は寝たきりのベットの上で、一生寝たきりだったら、と想像したらとっても恐くなりました。また、今現在も多く人が寝たきりの生活を送っておられることに思いを馳せ、その生活や気持ちを想像してみようとしていました。

塚田:
現在の多くの施設の実状を知っていると、自分の人生の最後をどこで迎えるべきか、深刻に考えてしまいますよね。決して、悪い施設だけではないことは、確かですが、よい施設はそれなりにお金も必要です。また、何度も話題に出てきますが、地域による格差もあります。単純に考えても、同じ保険費用で、広い部屋、気分転換に散歩ができるような庭のついた施設など、物価や土 地代の高い都心では望むべくもないですよね。いまはまだ、介護保険に間に合わせるため、新しい施設がたくさん出来てはいますが、 20 年、 30 年たって、我々が利用する時には頃には・・・・
Fさん:
寝たきりでも自分の生活を豊かにするためにできることはたくさんありますが、それをするには介護者の理解と、マンパワーが必要です。在宅介護が良いか、施設介護が良いか、一概に結論は出せませんが、在宅介護のメリット/デメリットと施設介護のメリット/デメリットを検討して、 改善できるところは改善して、その双方のデメリットを解消してゆくような、働きかけも必要だと思います。
塚田:
今回の学習会のように介護体験の共有化、情報化することが今後とても大切だと思います。介護の主体はあくまで被介護者本人で、家族とケアスタッフの割合はケースバイケースですが、互いに働きかけ合いながら、よりよい介護を目指していくことが必要です。そういう意味では、保育園の情報交換と似ています。ただ、介護の方が制度がわかりにくい、子供と違って被介護者を心理的に押しつけ合いがちになりやすいことはあると思います。でも、保育園情報で培ったノウハウを介護でも生かせるのではないのでしょうか。
Fさん:
賛成です。介護に直面している人から様々な情報が発信されることを私も願っています。
清水:

介護保険についての講議が進んで、だんだんと不安が減ってきたと同時に希望も出てきました。健康保険と同じと考えると(保険金の対象の認定がケアマネージャーの仕事)、新ゴールドプランもどんどん進めていくことの期待と何ら相殺されるものではない訳ですよね。東京でも山形でも、「特別養護老人ホーム」への入居希望者が、なかなかすんなりと入れる状況になく、介護している家族の負担が問題になっていますが、福祉は福祉、介護の負担を社会化していく方法を新たに保険でカバーしようとする、と考えるとわかりやすいですね。

高齢化の医療と生活援助の両方の負担が、個人でなく社会化されたと理解すると、今後は介護保険と平行して、福祉計画の進行をしっかりと見守っていきたいと思います。

精神病治療と看護、家族の苦悩、老人性痴ほうについての介護や成人後見制度の関心などでしっかりとした発言をなさっているFさん、たくさんの困難を体験なさっていられるようですね。ご自分で正直に向き合っていられる方の、空論ではない足が地についたお言葉だけが持つ感動を与えてくれました。困難に真正面に向き合い、真摯に対処なさった者だけに言えるお言葉なのでしょう。その重みに頭がさがる思いがします。

ただ、言葉だけの「在宅がいい」だの、「最後まで住み慣れた場所で」なんて、言うのは、周りの傲慢な勝手な憶測である場合もあるでしょうね。でも、さまざまな状況に生きている私たちにとって、ある時期は生きやすい条件がそのままずっと続くという保障もありません。今日ある満足も明日は失望かもしれません。施設入居も在宅も一度選んだら、もう絶対変えられないというのも、ちょっと怖いような気がしますが、そんな不安をもつことはわがままで贅沢なことなのでしょうか。

それとも、年を取ったら周りに従順な「かわいいおばーちゃん」でいないといけないのでしょうか。それともジェンダーに目覚めた屁理屈ばかり言う「かわいくないばーさん」なんか、さっさとあの世に行け、と思われるのかもしれませんね。やれやれです。

私ごとですが、3月から、失禁が日に数回あって周りを不安がらせていた 89 歳の痴ほう進行最中の実母が、泌尿器科からもらった薬2種類がよく効いて、おもらししなくなったのです。いつまで続くかわかりませんが、当分の間は一安心です。奇跡が起きたと思い、すごい感激でした。医療の素晴らしさを実感、感謝しました。ただ、一晩に5回もトイレに行くのには、閉口ですが、たまにしか行けない娘としては、文句など言ってはいられません。

Fさん:

私が入院している時一つ気づいたことがあります。それは患者みんながみんなとってもかわいい声を出して、それも日常の声の高さより一つ高めの声で、看護婦さんの呼びかけに答えていることです。私も同様にしていました。このことに気づいて自分で「気持ち悪いなあ。」と思いましたが、「かわいい患者さんでいなくてはいけない。看護婦さんに嫌われてしまったら困ることが多い。」と勝手に患者側が解釈したためだと思います。

また、屈託なく看護婦さんにいろいろなことを頼める人がいる一方、限界ぎりぎりまで頼めない人もいます。

私の実例で恐縮ですが、ある日私の病室の担当の看護婦さんが血相を変えて私のベットに飛んできたことがありました。看護婦さんは私に、「ねえねえ。肩が凝っていない?」と聞きます。私は「ううん。凝ってない。なんで、そんなこと聞くの?」と答えると看護婦さんは、「今日は××さんの担当だったのだけど、肩もみを頼まれたの。良く考えてみたらFさんから、「肩が凝った。」と言われたことがないから、もしかしてFさん我慢しているのじゃあないかと思って心配になった。」と言いました。

後で聞いたことですが、入院してから手術するまでの1週間に私がどういう人か観察していて、今後の看護で気を付けることを看護婦さん同士で話しあったそうです。そのときに私は自分の感情をなかなか外に出さずに我慢してしまう傾向があるから、少しの変化も見逃さずに気をつけましょう、ということになったのだそうです。

わがままと受け取られない範囲でならば、できないことはどんどんは人に頼んだ方がストレスがなくて良いと思いますが、介護者と要介護者との間でどこまでがわがままで、どこまでが頼んで構わないことなのかの境界線には「ずれ」があります。このずれが結構やっかいで、必要以上に要介護者にストレスを与えてしまう結果もありえるし、反対に頼み過ぎて介護者から嫌われてしまうことも困りものです。

介護者と要介護者との関係は、なかなか奥が深くて難しい問題が山積みなのだと思っていますが、でもそれに悲観していてはなにも進まないのも事実です。

清水:

「高齢社会の到来に向けて、私たち一人ずつはなにをしたらいいのか?」、これってすごくシビアな問いかけだと思います。それこそが、学習の基本的課題ですから。一応、私の考えを書いてみます。マクロの問題とミクロの二つ、総論と各論とも言い換えられると思うのですが、前者では「うるさいと言われても、スッポンみたいに政治を監視する市民でいること」後者では、ひとりずつ違うでしょうが、私は「今を大切に生きる」「不安を少なくする」を大事にしています。この意味は、女とか、主婦とか、家族とかに決めつけられていた、「幻想」(神話)でなく「自分自身の感性」を信じて生きることだと思っています。

この講義で「家族」という言葉を何回も使ってきましたが、これは現在みんなで共有されてきた意味での家族です。深く考えれば、「家族」が個々の中味だけでなく、劇的な存在理由を問われてきているということが、一方にある時代ですが、そこまで言及することを、故意に避けてきてしまいました。そうでないと「介護」を語ることが成り立たなくなる怖れがある時代だと思ったからです。とくに、性別役割にまだまだがんじがらめな女にとって、「家族」を問い続けると混乱し、股裂き現象により一層苦しむ(私もそうです)ことになる可能性があるからです。

ですから、個人的にいまできることをするしかなくて、ある人ができるからといって、別な人にそれがいいとは言えないのです。とくに、「やるべき」なんて、他人に言うことは私はできないと思っています。当人が、学習して、その後それぞれ自分で「やる」ことを決めていくのが、学習の成果だと思うのです。

いままで、女は「やるべき」と男社会の都合に振り回されてきました。その延長戦上でまだまだ「女の仕事」という性別役割幻想で一人ひとりが、生き難い不安を抱えています。

「最近女が介護をしたがらなくなった」実は私も「介護をしたがらない女」なんです。夫にも「私はあんたの介護は得意でないからお金でプロに頼むから覚悟をしておいてネ」と言ってあります。

これは私の家族の問題です。ですが、今社会でこんな言葉を大きな声で言えることでしょうか? 「ばかな気の狂った婆」と非難されることでしょう。ですが、私の家族では、夫も私の介護ができないと言ってはばからないので夫婦間の合意ができていて、問題ないわけです。私があえて、ここでこの家族間の合意を書くのには、一つ古い苦い問題と関連すると思うからなのです。

戦後、今にいたっても戦争中に「なんで反対しないで国民が一致して戦争に巻き込まれていた の?」 という質問の答を私の頭で考え続けてきたことにつながるのです。私は戦争中、挙国一致、非常時と言われて、がんばってきて、周りの言うことを疑わない小国民だったのです。この経験で、「生き方は自分が決める」大切さを大事にすることが、国家の部品にされない「近代人間」の生き方だと思うようになりました。

その生き方 67 年の結果から、この社会は「男社会」であることを実感し、「フェミニズム」に出会いました。細かいことに一々怒りだしたら、もうとっくに「憤死」していたでしょうが、死ぬのは嫌ですから、その折々になんとか折り合って生きてきたわけです。

それと、学習の成果とは、学習したことによって個人個人がなにかに気付き「変わる」ことだと思っています。そこで、変わった自分がその生き方を決めていただくための資料を提供したつもりです。私の存在意義もそんなところにあるのだと思うのです。するべきことは、講義の最後に書いたのですが、私にできることは、「女ならするべき」介護はする側にとってもされる側にとっても「しあわせ」ですか、ということを考えることかもしれません。

ですが、具体的には月並みですが、ふだんから健康的な生活を心掛ける。例えば、たばこを吸わない、ストレスをためない、働き盛りには働く、老後資金をできるだけ貯める。こんなことみんな分かっていることですよねー。書いていてはずかしくて冷や汗がでます。でも実行することは一 人ひとり自分の生き方そのものとして選んで決めていくことで、不安を少なくしているのでしょう。こんなことわかっていても、一応講師の責任として書きました。そうでなかったら、高齢社会の福祉文化は成り立たないと私は思います。

こんなところでいかがでしょうか。

ジェンダーにこだわった「女と家族による介護」の視点から、社会通念を破る発言ばかりして、 戸惑われたと思います。

吉岡さん、みんなに関心の深い、新しく始まる介護保険について、ていねいな解説をいただき、お役にたったと思います。今後もいろいろ教えていただきたいと思います。終わりに当たって、私のポイントはそれぞれの回の最後にキーワードとして書いたつもりでしたが、どうまとめましょうか。

ただ、もう一つ加えるとしたら、介護には心準備もお金も必要、対策も必要、情報入手も必要、だが予めどんなに対策を練っていても、完全に安心できるマニュアルはなく、現実に起きたことをその場で対処することでしか、乗り越えられない困難があるだろう、と言うことです。そんな時、必要なのは、「遠くの身内よりも近くの他人」かもしれません。ふだんの人間関係と、「助けて」と言えることで行き詰まらないのではないでしょうか。

 

ラストキーワード 『一人で行き詰まらないために「助けて」と言える人間関係を、今から育てておこう。』です。

いかがでしょうか。一人ずつ自分の命や生活の一断面が、今であり、介護なのではないでしょうか。

吉岡:

私の講義は、法律をお話しするという点で、法律の条文の語句は、なるべく崩さないように心がけました。法律の条文一つ一つの単語には、その何十倍もの意味があり、法律を作る際には、言葉や語彙の選択に多大な労力を要します。ただし、難しい言葉や言い回しが多いので、なるべく自分で噛み砕いてお話ししようと心がけたのですが、やっぱり難しいですよね。話している本人もまだ施行されていない法律の奥の奥まで知っているわけでなく、ここまで言い換えていいのかなと迷いながら言葉選びをしました。講義を受けられていた方も多分、わかりにくい点も多かったのではないかと思います。その点は、申しわけありません。

実際私は、 5 年前より、薬剤師の仕事の中に介護の仕事が重要な位置を占めてくると思いまして、薬剤師の研究会やセミナーの中で、在宅医療に携わる方の話を取り上げてきました。訪問看護ステーションのナースの方や、介護ショップの方、介護用品の専門家の方など。介護教室にも通い ました(介護にはコツがあることがわかりました。)そして実際薬剤師として居宅訪問もしました。それから仕事柄、病院をまわる機会がありますので施設見学もしております。それ以前は、病院の病棟で仕事をしていましたのでFさんの入院中のお話よくわかります。入院するとドクターは命を預ける人、ナースは世話をしてくれる人なので、患者さんはいつもいい子であろうとする。いい子をはずすと病院では、問題患者扱いされる。医療者側が思うところの「問題患者さんの検討会」というものもやったことがあります。問題なのは医療者側なので、それを解きほぐしていくのですが。今はそういう医療供給者と受療者側のコミュニケーションギャップをうめるための活動にも関わっています。模擬患者さん(一般の消費者の方で医療に興味がある、あるいは貢献したいと考えておられるボランティアの方)を活用した医療者に対する教育ですが、最近では在宅の場も取り入れられてきています。

今回の勉強会では、私自身とても勉強させていただきました。清水さんのお話は、自分の身内の話とだぶらすことができ、同じ様な人がいるのだという安堵感、塚田さんのお話は、病気の面からの知識を補完することができました。そして、参加してくださった方の実体験や思いを聴くことができとても有意義な時間を過ごすことができました。この勉強会で得たことは、私自身だけ でなく医療や介護の現場にいる人に還元したいと思っています。

今回は、実際の介護サービス提供者のお話がなかったので、また何らかの形でそのような方のお話が伺えればと思います。

 

塚田:

最後に私からの感想です。

今回、学習会に参加してみようと思ったきっかけは、やはりメディアに流れる医学情報、医療情報の不正確さ、曖昧さがとても気になっていたからです。ひとつは、マスコミの過剰な取り上げ方の問題と、もう一方で、不安になった情報受容者間で、更に聞いたことがある話が伝聞され、一層混乱に陥る傾向があるような気がしたのです。しかし、今回の学習会の間、もう一つの重要な問題として気がついたのは、不正確な情報が流れる背景として、責任ある医学組織、あるいは医療機関から、一般の方に向けての正しい情報発信が余りに少ないことでした。例えば、今回の学習会の間、厚生省のホームページを何度か利用しましたが、分かりやすい介護保険制度についての説明はありませんでした。実施する自治体に任せるだけでなく、制度を作る厚生省のホームページに、もう少ししかるべき説明があってもよいような気がします。医学情報についてもネット上では個人の方で情報を発信していたり virtual hospital などのサイトや医師会などから情報を提供されていたりしますが、やはり特に日本あるいは日本語での学会や専門の医療機関からの情報は少なく、もう少し積極的かつ豊富な情報提供があれば、こんなに混乱しなくても済むのではないかと思います。これは、医療者側の責任として、メディアに責任を転嫁するだけではなく、もう少ししかるべき団体に働きかけていかなければならないなという気がしました。

そして、もうひとつ。介護はまだ多くの方にとっては、あまり考えたくない将来のことかもしれません。でも、Iさんがおっしゃるとおり、介護は連綿として続く人生の過程、あるいは結果です。とりあえず、将来のことを憂いるだけではなく、できることから少しずつ始めることが大切だと思います。とりあえず、自己や家族の健康管理、経済的な将来設計など少しずつ情報を集めながら始めることが大切ですよね。特に、これからの超高齢化社会を背負っていく子供たちの保健や社会教育も大切だと思います。高齢者に対する接し方、清水さんがおっしゃるような、性別や国民性から自由な考え方、そして食習慣や運動習慣についての知識など、教育機関に任せきりではなく、自分の子供に話してあげられたらと思います。

欧州ではもはや保健体育の事業がカリキュラムから削除される国もあるようですが、幼児から体験の積み重ねが必要だと思います。

Aさん:

ほんとにそうですね。

たとえば塚田さんがアルツハイマーの情報を流してくださったときに、私のいる英国のタイムズ紙で、もと英国の女流作家で研究者である Iris Murdoch の夫が、彼女が 96 年頃からアルツハイマーになっての介護や日常についての本を出版し、その内容が部分的に掲載されましたので非常に参考になりました。また介護が、たとえば夫婦間でも長期にわたったとき、とくにアルツハイマーのようになった場合、この英国内でも知的レベルが高いと評価されていた二人がどういう老後を送っているかなど考えさせられました。

塚田さんのコメントを読んで、それまで、こちらでもめんどうなので車ばかりで移動していましたが、雨が多い季節に入ったにもかかわらず、毎日、徒歩か、天気がよければ坂道が多いのですが自転車で通学することにしました。

医療関係者はみなさん時間的に非常にタフな生活をされていますから情報発信をする余力があまりないのかもしれませんね… そういった意味で今回、講師の清水さん、吉岡さん、および進行役の塚田さんに感謝します。

(完)

参考文献

介護支援専門員−標準テキスト ぎょうせい

日医総研 : 介護保険制度Q&A、じほう , 東京、 2000 年

上田慶二、折茂肇他、編:介護保険と高齢者介護、日本医師会雑誌 (118) 9 、 1997 年

厚生省発表諸資料

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Last updated on 17 September 2001 by Michiko Takeda