オンライン学習会「SOHO」

 

 

1. 自己紹介

中原:

まずは簡単に自己紹介をさせて頂きます。

略歴

1961年 神奈川県横浜市生れ

1981年 上智大学入学。佐藤源貞教授の研究室にて衛星放送用アンテナ研究

1985年 上智大学理工学部電気電子工学科卒後、三菱電機(株)入社

1985〜1991年 1994年電子システム研究所アンテナ部にて衛星通信用アンテナ開発に従事

1991〜1994年 1995年情報技術総合研究所業務グループにて研究管理等に従事

1996年4月より現職(同社NTT事業部計画部にて経営企画、予算管理、OA整備等)

1994〜97年 上智大学電気電子工学科特別講師(電気電子産業概論)

1996年10月 文理シナジー学会の設立に参加

1997年11月 日本ベンチャー学会に参加(設立前)

1998年3月〜7月 NIFTY-SERVE 在宅ワーキングフォーラム(FWORK)の2番会議室

「【緊急討論】◆初心者必読!在宅ワークとは」ボードリーダー

1998年3月 武蔵大学マルチメディアシステム研究会 幹事

1998年5月 神奈川県経営管理センター 評議員

1998年6月 富山県 電脳山田村塾 第1期生(地域情報化リーダー育成、塾長 富山県知事、 講師 GLOCOM 公文所長他)

1998年7月 日本ベンチャー学会 イノベーション研究部会幹事

 

主な研究分野・関心領域

在宅ワーク、研究開発マネジメント(人材育成も含む)、マルチメディア、

ベンチャービジネス、衛星・無線通信

 

所属団体

在宅ワーク研究会(正会員)

日本女性技術者フォーラム(正会員)

武蔵大学マルチメディアシステム研究会(正会員・幹事)

国際大学GLOCOM CANフォーラム(正会員)

日本ベンチャー学会(正会員・イノベーション研究部会幹事)

研究・技術計画学会(正会員)

文理シナジー学会(正会員)

神奈川科学技術アカデミー(個人賛助会員・講座アドバイス等)

神奈川県経営管理センター(評議員・特別会員・登録経営コンサルタント)

電子情報通信学会(正会員)

映像情報メディア学会(正会員)

日本顔学会(正会員)

IEEE Antenna and Propagation Soc.(member)

IEEE Engineering Management Soc.(member)

東京家族ラボ(会員)

丸の内情報通信フォーラム(座長)

 

在宅ワークについては在宅勤務・テレワークとセットにして、研究所時代に将来動向の企画・調査の一環として、また、研究者の生産性向上の施策として取組み始めました。

現在は、直接職務には関係ございませんが、大学の講義や各NPO・学会等の研究会幹事としてベンチャー・SOHO育成に取組んでおり、その御縁で、在宅ワーク研究会やNIFTY- SERVE FWORKにも参加させて頂いております。

また、女性技術者フォーラムによる女性技術者実態調査も支援しており、在宅勤務の影響・ 期待の大きさも身をもって感じております。

Aさん:

6年前、妊娠中に切迫流産になり会社を休職中に、上司の意向で会社からパソコンを借りて仕事をしました。

育児休業から復帰後、3年前にテストケースとして月に2回の在宅ワークを1年ほどやりました。その時感じたのは、まだ時期尚早で、自分自身も会社側も結局は、あまり在宅のメリットを発見できないまま終わってしまいました。出社できるならそれが一番よいのだからということで、私も子供が安定してきたので、会社に部分的な在宅の制度を作ってもらうのはあきらめてしまいました。

今は毎日会社に勤務していますが、来年は子供が小学生になり放課後が心配なので、今度こそ、ある程度在宅も取り入れた勤務をしたいと目論んでいます。

Bさん:

私も同じで、子供(4才)が小学校に入学する頃には、なんとか在宅に基本を置いた働き方がしたいと思っています。でも、なまじ母親が家にいるのに相手をしてもらえないというのは、子供にとっていかなるものか? という気もします。

勤めている会社は、在宅はおろか、出社するだけでなく、顔の見える場所で仕事をしなければならない(そこに存在することに意義がある)ようなところです。通勤時間がもったいないというのが正直な心境です。でも、在宅になれば、保育園が長く預かってくれないなど、いろいろ板挟みになるのが現状のようです。「家にいるんだから、布団くらい干せないの?」なんていうダンナ族も存在するようですね。 働きやすさを追及する在宅ワークのあり方を考えてみたいと思います。

Cさん:

私は、今の職場で産休中や、産後、在宅で仕事をしないかという話がありました。しかし、 DTPという仕事柄、仕事量と報酬の具体的な解決策を見出せず、結局在宅での仕事はしませんでした。その時に、SOHOのHPなどを検索して、香港に住みながら日本の仕事を受注する方法も探ったりもしました。

残念ながら、面接に出向かなければならなかったり、打ち合わせに出席しなければならない場合が多く、また、データ入力等の単純な仕事には応募が殺到し、値崩れを起こしていまし たので、以来在宅の仕事は諦めました。

SOHOのメーリングリストにも登録したのですが、1日で100通を超える自己紹介メールが飛び交い、しかも、その投稿者のほとんどが、子育て中の女性在宅ワーカー予備軍(未経験者)でした。(結局、そのMLはパンクし、2日目には配送中止になった。)

また、いろいろ調査するうちに、フリーの在宅ワークのみで、生計を立てている人は、営業努力も相当なもので、昼間は在宅している方が珍しいということも分かりました。(プログ ラマー等の開発者は除く)また、現在の「家内手工業(内職)」的になってしまった、子育て中の女性の在宅ワーク打破の糸口など、皆さんのご意見をお聞きしたいです。

Dさん:

メーカーの技術職として14年間勤務しています。

今年5月から在宅勤務が導入されました。しかし、機密保護等の問題があり、自宅でできる仕事が特許や論文の執筆等に限られています。会社のメールサーバーとの接続も許可されず、実質、制度は使い物になっていません。8月に管理職となり、その時点で会社のメールサーバー、イントラネットのサーバーとのダ イアルアップ接続が許可され、自宅である程度仕事ができるようになりました。子どもの病気で休まなくてはならないときでも、メールのやりとりができるため、かなり精神的に楽になりました。

しかし、多くの子どもを持った管理職でない女性技術者は依然として、自宅での仕事が限られており、在宅勤務をしたくてもできない状況に変わりはありません。

今まで、仕事が自分に向いていないと感じたとき、友人の女性が会社をやめたとき、出産後限られた時間の勤務では先が見えたと感じたときなどに、会社をやめて、家で好きな仕事ができないか、と思ったことがあります。そのたびに、ちょっとしたきっかけでやめずにここまできてしまいました。今では、やりがいのある仕事ができ(超多忙な毎日ですが)、待遇にも満足しており、やめなくてよかったと思っています。考えてみますと、やめずにこられたのは、社内で希望により職場をかえられる制度があったこと、産休、育休などの制度が気兼ねなく使えたこと、職場の理解があったことが理由でした。

Eさん:

私は半フリー・半会社員のような立場で在宅で仕事をしています。最初はホームページ制作が主だったのですが、いまはプログラム開発の方がメインです。仕事は単発のものばかりで、量も少なく、単価も低いし、内容的にも自分のスキルアップになるようなものはほとんどありません。

Fさん:

メーカーの技術者として働き9年めになります。現在所属している事業所は、機密管理にうるさくないので、申請さえすれば、自宅からダイアルアップで会社のメールが読み書きできます。

実際、子供を持つ女性は、いざというときのために申請している人もいます。ただし、勤務形態は時間把握のため、自宅で仕事をしても残業手当はつきませんし、設備や通信費は自費 です。

私も子供がいますが、ダイアルアップ接続の申請はしていません。ただし、職場で終わらなかった仕事を持ち帰り、自宅で仕事をすることはあります。機密管理がうるさくないので、 上司も容認してくれています。私の場合、手当として毎月定額の残業代をもらっているため、残業して仕事ができない分を自宅で仕事をしているのだ、と考えています。

このように、必要な人は既に在宅勤務を取り入れている状態ですが、まだまだ解決されてい ない問題が多いので、自分から進んで在宅をしたいとは思いません。子供の病気のときなどの一時的な手段としてはいいと思っています。職制上、在宅勤務が許可されている人もいますが、そういう立場の女性は知り合いがいないのでわかりません。

Tさん:

夫・子ども(幼稚園児)と住んでおり、不定期に在宅で仕事をしています。仕事の内容は、 簡易印刷のDTP版下作りやホームページ作り、パソコン通信のボードオペ、ワードでの文書作成などいろいろです。OL歴9年(日本企業3年、外資6年)のうち、後半に社内のシステム部で電子メールの導入や教育、パソコンのヘルプデスクなどを行っていました。DTPソフトはその時に覚えたのですが、プロフェッショナルなわけではありませんでした。

結果として育児のために退職し(一時的にWorking Motherでしたが)在宅での仕事を目指そうと思ったのですが、これがなかなか(笑)現実には「個人名で生きていく」というのは難しいものでした。会社の中での実績を、フリー の世界での実績にするためには、もっと専門的で相当な実力が必要であったのか、と反省しました。5年前の話です。

Gさん:

1996年から、SOHOとして人員2名で、DTPやWEBデザイン、その他デザインなどの仕事をし ております。女性限定のSOHOグループの運営も行っております。これは、SOHOを実践している女性、SOHOを目指す女性たちが集まったグループです。SOHOの女性なら必ずぶち当たる壁や、悩みごとについて相談しあったり励まし合ったり、MLを中心に活発に活動しています。

また、育児中の女性のために、打ち合わせをネットのみで行う仕事の発注をやり始めてみま した。リスクを伴いますが、とても楽しいものです。

Hさん:

現在パートタイムで働いています。家族構成は夫と子ども二人です。在宅ワークは子供が産まれてから1年半ほどしていました。仕事内容は雑誌、書籍の執筆です。この仕事を辞めた理由は仕事が忙しすぎて(寝る暇もないほど)で身体を壊してしまったことです。私の場合純粋にフリーとして働いたことはほとんどなく、ある編集プロダクションの契約社員という形で働いていました。普通、契約社員といえば、時給いくらで何時間働いたから給料はいくら、という形が一般的ではないでしょうか。実際、今はこの形態で働いています。

でも私が働いていた編集プロダクションでは、月いくらという定額賃金で契約しましたが、 一日何時間働いて、という規定は一切ありませんでした。最初は私なりに時間を管理して働こう、なんて思っていましたが、これはすごく甘い考えで、 結局いわれた仕事をしているうちに,夜も昼もない生活になってしまいました。こういう形態に疑問を感じ、経営者とも話しましたが、結局意見が合わなかったこと、とにかく体調が悪かったのでやめました。結局在宅で働くということに、まだ色々な規定が社会的に確立していないのが一番問題なんですよね。

そして、今の会社で働いて1年になります。外で働くのは久しぶりです。子供を持って限られた時間内で外で働くということを経験して今あらためて在宅ワークの 可能性、メリット、デメリット、外で働くことのメリット、デメリットを考えたり、在宅ワー ク関連の本を読んだりホームページを見たりしています。

Sさん:

現在、週3日だけパートで働いています。家族は夫、子供(2人)、夫の両親です。

在宅の仕事は、俗に言う「内職」をしたことがあります。パソコンの部品を加工するもので した。下の子供が生まれたばかりだったので、近所の人づてに見つけた仕事でした。なれてくると1ヶ月9万円稼ぐ人もいて、侮れないと思いました。でも、今年に入ると不景気のせいかぱったり仕事が来なくなりました。

今の仕事は、主に事務作業ですが、たまに機関紙の記事を書かせてもらうこともあります。 その場合、家で原稿を書いてメールで送る、ということもできました。通勤時と同じ時間給でやらせてもらいました。自分のペースでできたことは大変ありがたかったです。

在宅でできる仕事は、ネットワークを使わないものも含めて、もっともっとあると思います。 労働形態の中の1つの選択肢となれば、今まで社会参加できなかった人にもチャンスが巡っ てくるはずです。人間らしく生きていくために、在宅ワークが市民権を得られればいいな、 と思います。

Kさん:

薬剤師です。就職活動中、病院や調剤薬局といった立ちっぱなしの職場では私の体はもたないのではないかと考えて、某メーカーの研究室で実験助手として就職し、15年過しました。しかし、年とともにその仕事もきつく感じるようになり、会社を休む日も徐々に増えてきたので、今年の3月に退職しました。今後、出来れば再就職したいと思っていますが、不況の真っ只中、女性であることや、障害者であること、年齢等のハンディがあり面接に行っても不採用になってしまいます。そこで最近では、SOHOにまで視野を広げつつあるところです。

Lさん:

私は3年前より近くの会社に週4日パート勤務しています。

現在5才と妊娠9カ月です。勤務先の会社は小規模ながらインターネット関連のことも行っているせいか、SOHOの話題もよく耳にします。現在の仕事も外部の方に仕事を発注し、パソコンでの作業はもちろん、メールでの連絡、FTPでのデータ納品など通信を利用せずには仕事ができない状況です。会社自体は女性が9割パート社員でしかも30代以上のみ。男性社員は社長を除き20代のみ。女性の方が多い職場です。女性の30代は子育てと出産期、40代の方はこれからの介護問題を抱えています。

子供を抱えての仕事を続けるときに、何かあったときに自宅でも作業、連絡がとれる体制になりたいと(保育園より小学校低学年での対応等には時短が必要かと思っています)半SOHO のような働き方に興味があります。

現在は緊急時には会社でみるメールを自宅でも確認できる、作業も可能という体制にはなりつつありますが、まだ会社として正式には制度にはなっていません。今後自分自身、いつ夫の地方転勤がはじまるか、という不安要素もあり、いざ、というときの働き方のひとつとしても、ぜひこの機会にいろいろ勉強させていただけたらと思っていま す。今のところ現在の会社で、出産後6カ月ほどの休暇をいただき復帰する予定ではいます。

Mさん:

現在2人の子供(2人)夫と共に暮らす専業主婦です。下の子が幼稚園に入学する3年後ぐらいを目標に再就職を考えていますが、実家も遠いことから、フルタイムに近い勤務は難しいと思い、在宅かパートで仕事ができたらと思っています。

結婚前は地方の公共団体で4年、上京して日本の商社で3年、事務職をしていました。数年のブランクを埋めるべく、現在充電中です。最近の景気事情や、年金の問題などを考えると、専業主婦も安穏とはしていられないなぁと 考えさせられます

Nさん:

結婚し、出産後から在宅ワーク(当時こんな言葉もなかったけど)として、雑誌編集他を行い、一人では仕事をこなせなくなったため、主婦チームを作りました。10年前のことです。「こんなことができる(したい)」という希望を聞き、「一日何時間くらい」「週何日くらい」 「年収いくらくらい」という希望に合わせたかたちで仕事の割り振りを。法人にはしませんでした。

忙しくなるにしたがって、私一人で皆さんのスケジュール管理ができなくなり、チーフ的役割の方を一人お願いして、その方に仕事の内容にあわせた人選と日程の管理をお願いしました。子どもが小さいけれど働いてみたい、という人が多かったため、一戸のお宅で託児をし(託児を在宅ワークにしたわけです)、その担当をした人は、託児から収入を得ていました。もちろん無認可ですが。

メインは私の自宅をベースにしていたため、仕事が増えるごとに手狭となり、家を建てることにしましたが、その後、離婚することになり、新築の家は夫に譲って娘と2人、家を出ました。その時夫が言ったのは「仕事なんかさせるんじゃなかった!」。上記は大阪での話。

その後、母子家庭で阪神大震災を経験したり、いろいろありましたが、活字の仕事をするなら一度東京でやってみたいと思い、それまでの仕事をチームの女性一人ひとりに分けて編集プロダクションを解散、娘と2人で上京。上京後は仕事がなかったため、はじめて買ったMacでマーケティング会社のプレゼンテーション資料その他を作ったり、雑文を書いたり、しているうちに本が出て、・・・東京に来てアっという間に3年経ちましたが、相変わらず自宅ベースの仕事をしています。私の場合は、仕事をするにも、体が弱くて毎日の勤務には耐えられないため、しかたなくの在宅でした。本当は、企業に所属し安定した収入をはかり、ボーナスや福利厚生も欲しかったのですが・・・。

Oさん:

コンピュータ業界に勤めて約8年になります。プログラマ、SE職です。企業で働くことが好きなので、できればこのままずっと働き続けたいと考えていますが、1日8時間拘束されるということは、考えてみればすごいことで、私生活に何かあれば勤務が難しくなるのではという不安は常にあります。

では実際今の仕事を自宅でできるかと考えてみると、SE職はチームで動くことが多く、突発的な作業や、雑用扱いの作業も多く在宅勤務には向かない職業だと思いますが、プログラマはプログラムの仕様さえ決まってしまえば一人で作ることができ、また成果もはっきりしていることから、やや在宅勤務向きではないかと考えています。

Pさん:
2年くらい前から在宅での入力の仕事をしています。最初は、人材派遣会社で登録しているところからTELがあったのですが、最近はぜんぜんありません。
Rさん:

私は現在、夫と21歳と11歳と9歳の子どもの5人家族です。数多くの転職をしていますのでいろいろな仕事をやってきましたが、今は電池メーカーでフルタイムの正社員として経理を担当しています。大体出産後45日で保育園に入れて仕事を開始してきました。

このたび、この勉強会に入るにあたって考えて見ましたら内職歴は長いです。母子家庭に育ちましたので経済的に苦しく、小学生の高学年の時に豆電球のハンダ付けをしたのが最初です。中学生になるとニットの刺繍もやりました。高校生からは外でアルバイトとして雇ってもらえますので内職はしなかったように思います。20代に入ってすぐ 私自身が母子家庭の母親になってしまって、やっと就職をしても子供の 麻疹等で長期の欠勤が続くとクビになったりしてましたので、関わっていた市民運動のつてからドキュメンタリー映画を制作している独立プロの会計処理を在宅ではじめたのがいわゆる本格的なSOHOの始まりでした。決算の時など子連れでそこのプロダクションの契約している会計事務所で徹夜作業などしてました。まだ子供みたいなものが母子家庭などしていたので皆さんよくしてくれたのでしょう。その後また結婚して今に至るわけですが 自分が母子家庭の子供だったこととか、またいつでも母子家庭になる自由のため、死ぬまで現役でいたいために フルタイムで働き続けてま す。

現在まで、ほとんど絶えることなく副業をしてます。現在は2件。ひとつは以前勤めていた会社の関係者が独立するときに、「経理処理で困ったら私によろしく」などと軽く営業しておいたのが、ほんとうになって申告と毎月の請求書の作成代行。もう一つは年に一回ですが建設業の一年分の領収証の処理から決算申告迄。ちょっと前までは 税理士一人の小さな会計事務所の事務員の仕事を在宅でやってました。これは顧客のデータを宅配便とかFAXで もらって会計ソフトで処理し、税理士の加盟している計算センターに電送してそこから各種財務諸表が税理士に宅送されるというやり方でした。これは顧客の原始データの精度に非常に左右されました。私自身が顧客方に訪問してもらってくるわけではないので、絶対不可欠なデータが落ちていると数字が合わない。計算センターの電送締め切りの時間は迫る。ひどい時は有休を取る羽目になって本末転倒になるので止めました。この仕事は前任者が知り合いでそこからの引継でした。

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Last updated on 17 September 2001 by Michiko Takeda