世界のワーキングウーマン事情
〜香港&上海編


1. 人々の働きぶりは、どんな感じか。
(就業時間、就業態度、職場環境)

職種等にて大分変わると思いますが、外資系金融機関を想定して回答します。

(1)香港
就業時間については、極めて甘いところあり。 少々の遅刻は黙認する傾向。但し、仕事が出来る事が前提。 自身が必要と判断すれば、時間外も厭わず。 基本的に就業態度は極めてまじめ。 業務内容の改善策を含む提案も多い。 但し、提案、仕事上の結果について、 管理サイドの正当な評価を堂々と求めてくる傾向あり。 (当たり前ですが!) 職場環境に就いては従前来香港政庁の指導も厳しく 日本以上に整備されています。 もっとも、環境整備の悪いところには優秀な人材は集まりません。

(2)上海
遅刻、早退等はほとんどなし。(罰則規定が厳しい事も関係か) 仕事の完成度に関わらず、時間になれば途中でも退社する傾向。 命じられた仕事以外はやらない。 同僚が如何に忙しくても手伝う事はしない。 (まあ、従来の社会環境の相違があるので一概に悪いとは言えません) 職場環境に就いてはほぼ日本並み、 地場企業よりは圧倒的に整備されています。

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2. 女性のキャリア・パスについて。
(女性管理職・専門職の割合)

(1)香港
一般的には女性、男性の区別は一切なし。単に学歴と業務上の成績次第。 但し、女性は事務部門に配属される傾向が強い結果、 昇進に影響が出ている事は否めない。

(2)上海
ほとんど香港と同じ状況。 (一般例にはなりませんが、当社の管理職の60%は女性です

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3. 結婚、出産後も働きやすい環境か。
(産休、育児休暇等の制度)

(1)香港
出産後の休暇規定は法律で定められてはいますが、 その他規定は比較的曖昧です。 出産後10日程度で出社する女性もいます。 もっとも、出産後も女性が働くのは常識の世界。 外資系の場合、本国の規定をそのまま使用しているところも多く、 それなりの環境は整っている。

(2)上海
当地労働法にて極めて詳細に規定されております。

尚、香港、上海にての共通点ですが、結婚/出産にて退社する女性は皆無。 もっとも、上海の若い女性の中には結婚後経済的な問題がなければ 仕事はしたくないとの傾向が出てきています。(専業主婦志向)

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4. 保育施設、保育制度について。
(保育の時間、方法、値段)

(1)香港
保育施設・制度はありますが極めて高価(ほとんどが私立) 通常は、どちらかの親が日中は面倒を見るのが一般的。 またはベビーシッターを兼ねたお手伝いさんを雇っています。 (ほとんどがフィリピン人の出稼ぎです)

(2)上海
国営企業の場合は保育施設は必ずあります。ほとんど、無料。 但し、外資系の場合はそのような施設・制度はなし。 香港と同様退職後の両親が孫の面倒を見るのが一般的です。 最近は経済的余力がある家庭は、 お手伝いさんを雇うようになってきています。 (一ヶ月日本円で1万円程度でしょうか?)

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5. 男性の家事、育児への貢献度。
(家事、育児を分担する時間、方法)

(1)香港
時間があるほうがやるのが原則(上海も同じ) もっとも、私の知る限りでは性別の区別ではなく収入の差が決定要因に なっていると思われます。 妻の収入が多い場合、家事のほとんどを夫がやっている例もあります。 (特殊事例ではありません)

(2)上海
先に家に戻った方が食事を作るのが一般的なようです。 基本的には香港とほとんど同じです。

育児の大部分が爺さん/婆さんに頼っているのも両地に共通しています。

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6. 就労するのに必要な条件等。
(就労ビザ等の取得方法、取得条件)

手続き面では相違しますが、考え方は香港/上海とも共通しています。 高級管理者としての能力の有無、若しくはどのような特殊技術を有するのか? 当地の人間では代る事が出来ない仕事内容なのか?等です。

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7. その他
(ユニークな習慣、制度、等)

香港、上海とも女性の社会進出は日本に比較し数段進んでいます。 但し、そこには日本とは異なった歴史的経緯を無視する事は出来ません。

英国植民地下の香港では、社会的保障制度が整備されていたとは 言い難い部分も多く、すべて自分の力で切り開いていかざるを得なかったので す。 その結果、極めて高価な家賃を払いながら生活維持を図るためには 夫婦共働きは当たり前となり、その分家庭内の事はお手伝いさんを雇うなり、 両親に面倒を見てもらう事があたりまえとなったわけです。 (但し、両親の経済的面も保障する)

もっとも、広東は昔から女性が働き男性が「飲茶」をしながら、 情報交換(商売上の?)をするのが風習だ!と言う中国人の友人もおります。

H.Pの趣旨には反するとは思いますが暫く話を続けます。 大清帝国の時代に話が遡りますが、当時の富裕層を中心に「纏足」の 習慣が広まりました。これでは、女性が外で働く事など考えも及びません。 これが一部の階級の習慣で止まっておればそれで良かったのですが.....。

何せ、この纏足が現在で言う所謂「イイ女」の条件となっていった結果、 その影響は特に北方を中心に庶民階級へも及んでいったのです。

ところが、南方の福建、広東(特に客家)はその風には染まりませんでした。 極めて貧しい環境がそうさせた結果でした。 女性も一家の労働力、否、一家の労働力の中心であったからです。 男性は出稼ぎに出るか、勉学に励み役人になるか、海賊になるか (冗談ではなく、現在の香港一帯は数十年前まで海賊の名産地?でした) (現在でも中国海軍の主力は南方人です)

そのような環境の中では中国で一般的であった男尊女卑の思考は 存在する事は知ってはいても、実生活ではほとんど機能しませんでした。

長くなるのでこの辺で止めますが.....。 尚、上海を含むその他地方ではもちろん毛沢東の一言が 大きな影響を残したのです。「女性は天の半分を支える.......。」 彼の真意はともかくとして。

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作者プロフィール

WOMメンバーの友人で上海に住み金融機関に勤務する40代の男性。
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Last updated on 2/4/98 by Shimada